第18話 出立

「では、短い間でしたがありがとうございました。またどこかしらで会えたときは是非お礼を」


精一杯のお辞儀をもって、俺はキアナさんに礼の言葉を継げた。

チハヤがいるとはいえ、正体不明の人間である俺を迎え入れてくれた上に寝床や食事、お風呂すら提供していただいたこの恩は忘れる訳にもいくまい。


「お礼をいただける、そのときを楽しみにしてますよ。あ、内容によってはー・・・・・・兄ぃがカツノリさんを神の鍵完全解放してまで皆式鏖殺するかもしれないから気をつけてね?」


「ぎょ、御意です」


つまり公爵のご機嫌を損ねたら首とか腕とか全部吹き飛ぶと言うわけだ、おぞましや・・・・・・

次に会う時の土産は無難な奴にしようと決心しました。

お菓子か何かにしましょう。高級品だと「貴様俺の妹に求婚してんのか、人体実験の検体として提供するぞ」なんて言われかねませんので。


「冗談ですよ。兄ぃ、交際目的とか政略結婚的な圧力は全部感知してぶっ飛ばすだけで、ただの友達ならなんも言わないですから。まあ、それはそれで怒るんですけど」


めんどくさい男の権化だが、キアナさんはそこまで嫌がっているわけでもないらしい。


「結局、うざったらしくはならないんですか?公爵のこと」


「時々過保護すぎじゃないかって思うけど・・・・・・それが兄ぃなりの家族愛だって割り切ってるんですよ。強く当たってるのは私にばっか構ってないで自立してほしいってだけで」


照れくさそうに彼女は笑って、頬を軽く掻く。


「もう、戻りますね。カツノリさん、チハヤちゃん。二人の旅が、楽しいものになりますように!」


「・・・・・・ありがとうございます」


「ありがと、キアナお姉ちゃん!」


踵を返して建物の中へと戻っていくキアナさんに、俺たちは肩がもげそうなくらい大きく激しく手を振った。

普段ならこんなにぶんぶんする事はないのだけれど、今だけは特別だ。


「あ・・・・・・ふふふふっ」


俺たちに気づいて、キアナさんが振り返って小さくその手を振り返してくれた。


「キアナお姉ちゃん、元気でねーー!」


「わかったー!!」


大きな声でのやりとりを、暇そうにしていた兵士さんたちがにやにや見ていた。あとで公爵に三枚おろしで捌かれないか心配である。


まあ・・・・・・別れに涙は必ずしも必要じゃないってことが、今のでよくわかった気がする。



お別れを済ませたところで、馬車の所有者さんが此方へと足を運んできてくれた。

どうやら、積み荷は全部降ろしきったらしい。


「こちらはもう準備できてますよ。オータムベルク公爵より代金のほど、熨斗がついてついてつきまくっているくらい頂いてますので、カツノリさんとチハヤさんのお二方は何の心配もいりません。ですが私、聖都へ戻る前にもう一つ取引先と荷物の受け渡しがございますので・・・・・・まあそこだけはご了承くださいませ」


綺麗な白い布でできたワンピースのような上下一体型の服を腰のベルトで軽く引き締め、ケープのようなものを纏ったいかにもな商人風のかっこをした男が、深々とお辞儀をした。

ついでに言うと髪は明るい茶色で身長はだいたい160後半くらい、全体的にほんのり丸いフォルムがかわいい。

碧の目はつぶらで、鼻と輪郭はまるっこくて、前歯の二本だけほんのちょっと目立つ。

・・・・・・端的に言うと、彼はハムスター的な齧歯類だった。


「この先取引があるかもわかりませんので一応自己紹介させてください。私はリオン聖都の商会エミールの中級運搬士、ギュスターヴ・ショーゲンでございます。ショーとでもお呼び頂ければ」


「ありがとうございます、ショーさん。これからよろしくお願いします」


「では、あまり悠長に話もしてられませんのでそろそろ行きましょう。幸い取引する場所は聖都へ向かう道からそう遠く離れてないので、1日もあれば聖都に到着します。荷台の中にある椅子に座るか寝ていて貰えれば」


「わかりました、お願いします」


後ろの幌を捲って荷台の中へと乗り込む。

いい具合に日が差し込んでいて、昼の間は照明なしでも大丈夫そうだ。

もれなく小さい窓もあるから車窓というものも楽しめる。

なかなかどきがムネムネしてきた・・・・・・こういうのって男女とか年齢層関係なくある程度興奮というかワクワクを覚えるもんなんですよ、好奇心の塊こそ人間なんですから。

グラブを入れた鞄を傍らに置き、椅子に座る。

ショーさんはああ言っていたが、なかなかクッションがふかふかで気持ちいい椅子だった。


「では、出発します」


「よっしゃいくぞー」


「おー」


俺の気分が高揚しすぎて出た鬨の声にチハヤは機嫌よく対応してくれた。

それを合図とするように、がたんと車輪が回りだす。揺れる車内、動き出す窓の外の景色。

チハヤも俺みたいなワクワク感を享受しているのか、その双眸が輝きを増していた・・・・・・純真無垢な子はこうもかわいいものなのか。


「これからどうなるんだろうね」


「さあな・・・・・・全ては神のお導きってやつだろうな」


適当なことを言って、俺はまた外の景色を眺めるため視線を移した。

これから俺の旅路、轍は・・・・・・果たして自分の意志で遺せるのか。

唐突に胸中へ去来した不安を振り払う為、俺は頭をぶんぶんと振った。



「・・・・・・歩み始めたぞ。おまえの求めてやまなかった人が」


師より渡された一つの映像が再生される。

まるで小学生のように窓へと貼りつき車窓を見る彼の姿がそこにはあった。


「やっと、やっとだ」


ああ、ずっとずっと待っていた。

この為に、自分は生きていた。

体中の魔力が全部励起しそうなほどの興奮、昂ぶりが胸の音を早くする。

鏡を見ずともわかる頬の紅潮、全身の鳥肌。

早く会いたい、会いたい。

お前の体の中にあるその鍵を早く解放してやりたい。

それさえできれば、鍵より放たれる純粋なエネルギーにより世界の泰平は保たれる。

そうすれば、そうすれば。お前とずっといられる。

ここはしたかったことを全部叶えられる世界だ。空も飛べるし何日海に潜ろうとふやけずおぼれ死なない。

夢想が現実になる世界、そこでまた・・・・・・お前の夢を叶えてあげる。

何だって構わない、我がセイヴァーへ捧げるのはこの身すべての愛。

ああ、ああ。お前が望むのなら全部叶えよう。

自分が、全部・・・・・・


「・・・・・・全く。技術の体得には長けていたが、精神の維持は不得手だったせいで今じゃこのざまか・・・・・・仕方ない、少しばかり”矯正”するか。これじゃあ彼の元へ送り出せん」


師が、貌へ触れる。

まただ。また、治される。


1000年の愛を忘れろという命令にはずっと逆らってきた。だが、今回の師は本気だ。

自分なんかじゃ、到底打ち消せない呪い。原初の魔法・・・・・・師以外は、神にしか解けぬモノ。

嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。

忘れたくない、無かったことにはしたくない!全て、全ては彼のために積み重ねてきた鍛錬なのだ。

その想いを消されては、なにも意味がない!


「・・・・・・嫌・・・・・・嫌・・・・・・だ、ぁ」


喉の奥から声を絞り出しても、もうこれは止められない。

クオリアの機能が凍結、思考回路が演算を中止。

目を覚ましたとき、自分はどうなっているのだろう。

その結論が出る前に、”僕”の意識は消えた。


「・・・・・・エヴァンジルを、もたらす存在たれ」


師のその言葉を最後にして。

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