第17話 男のゴールデンゾーンを攻撃してはならない
さて、部屋に戻って軽い荷物整理をしたがその中に困ったものがひとつ。
このグラブはどうしたもんか・・・・・・適度な磨きと使用が必要なこれだが、あまり長々と外に晒すわけにもいかないのだ。
なんかの拍子にこすれて大きめの傷がついたり、紐がちぎれてウェブ部分がさらに脆くなるのもよろしくない。ついでに言えば土手のとこらへんも感触が変わると投げにくいので嫌。
詰まるところ専用の鞄が欲しいのだ。
「その革のやつ専用鞄かあ・・・・・・この部屋にちょうどいいのないし、誰かにそういうのないか聞いてみる?」
「まあ、突然やってきた居候の分際でくれるかわかんないけど・・・・・・とりあえずやるだけやっとくか」
チハヤの提案に乗り、俺はグラブ片手に部屋を出た。
それなりにしっかりしていて、かつグラブの形を出来るだけ保ってくれる奴・・・・・・そんな都合のよいものまでは求めていないがある程度防護性能があってほしいところ。
「お!昨日の夜ぶりだな、カツノリ」
ちょうど1分ほど廊下を歩いていたところで昨日お風呂でいろいろ話していた兵士、エスカルさんに出会った。
フルアーマー状態ではないが、ある程度鎧を付けているその姿は昨晩よりさらに猛々しい。
「エスカルさん。昨日はどうも」
「覚えててくれて何よりだカツノリ。んで、なにか探し物か?」
チハヤが誰この人?みたいな目で見ているが気にしないでおこう。説明せよと求められたら正直に答えるつもりだけど。
エスカルさんに事情をかくかくしかじかと説明したところ、なにかちょうどよいものを持っているのか彼はにっこり笑ってと頷いた。
「おう、そんな鞄なら使ってねえのがあるぜ。安モンであんま使い込んでもないから材料になった魔物の臭いがちぃとついてるが、それでも良けりゃもってけ」
ちょうどすぐ近くにあった彼の部屋から引っ張り出してきたらしい赤い鞄。
メッセンジャーバッグのような肩掛け鞄で、それなりに容量もありグラブが潰れずに入りそう。
だが・・・・・・エスカルさんの言っているとおり、なんとも言えない獣の臭いがするのはちょいときついか・・・・・・否、せっかくの厚意だ、もらっておいたほうがいい。
「じゃあ、これください」
「おうとも。ぜひ旅に役立ててくれや」
いつもの笑い声をあげ、彼は階段を降りていった。
豪放磊落そのものみたいな人間ではあるが、とても接しやすくて助かるのなんの。
「・・・・・・においけししよ・・・・・・うーくさい~」
チハヤが鼻をつまえて変調した声で言う。
「わかったわかった。でも俺消臭剤とか持ってないよ」
「うぅぅ・・・・・・カツノリ、魔法使えないんだよね」
「使えませんねえボール出し以外は」
役立たず勇者で申し訳ねえなと内心ふてくされながら、俺は取りあえず部屋に戻ろうとする。
だがチハヤは臭いをどうにかするまで戻りたくないときた・・・・・・困ったもんだ。
「ちょっと本ににおいけし魔法の呪文とか書いてないか見てくる」
「・・・・・・は、はあ」
果たしてそんなニッチで都合のいい魔法ってのがあるんだか。
まあ魔法とは攻撃とか回復など戦闘に使うやつってバイアスが俺にかかってるだけなのは理解しているがやっぱり違和感があるというかなんというか・・・・・・
ドアの向こうでバサバサと手当たり次第に魔法の本を取っては捲るチハヤ。
インターネットが存在しないから調べるのも大変なようで。
「・・・・・・あった」
「あるんだ」
まさかまさかのヒットで俺も謎の拍子抜け。
そんな重箱の隅っこつっつくようなもんがちゃんと本に載ってるとかもう不思議・・・・・・と、思ったが魔法大全とかいう広辞苑的な分厚さと攻撃力を持つ本の中に記されていたので若干納得がいってしまう。
「はい、これ読んで。私体内の魔力が少ないって言われてるからあんまり魔法使えないの」
「・・・・・・おう。んーっと・・・・・・けしう、しくくゃあうちはをの、らいらよなゅひ、さきもいんぎ」
噛みそうな意味をなさない文字群をかろうじて読み終えたところ、体の芯がどくりと・・・・・・静かに疼いた。
俺の腕を”なにか”が伝い、グラブに流れ込んでいく・・・・・・。
ボールを亜空間かどっかから引っ張り出してくるときにも覚える奇妙な感覚だった。
「あ、におい感じなくなった!すごいすごい!カツノリ、魔法使えるじゃん!!」
「・・・・・・まあ何はともあれ成功してよかったな」
すっかりにおいの消えた鞄にグラブを入れ、俺は肩にかけてみる。
商売道具たる右肩に負荷はかけたくないので無論左肩にかけた。そこだけは譲れません。
「チハヤはなにか持って行くものある?」
「んー、この服だけかな。カツノリの鞄に良かったら入れて」
渡されたのは出会ったときに着ていたあの服。
破れないように軽く洗われてはいるが、やはりどうしようもない返り血などの汚れは残ったままだ。
まあこれを入れたところでグラブの状態は問題ないと思うので、隣の大きいポケットにでも入れておこう。
「この服、また直して着る?」
「うん。ぼろっぼろだけど、お母さんの作ってくれた服だから・・・・・・捨てたくない」
「・・・・・・まあ、そうだよな。大事に守るよ、服は」
俺なんかの実力じゃあチハヤの身までは守れないし。なんて言ってなんとなく笑ってごまかした。
形見ってことを知って、ちょいと涙腺に過剰な負荷がかかりそうだったもんで・・・・・・苦肉の策というものである。
「じゃあ、カツノリは私が守る。死なせないよ・・・・・・私たちの父なる神様に誓って」
「・・・・・・ありがとう」
同じ年代の俺より自立が出来ていてすごいなと語彙力のない感想を抱く。
多分、10倍くらいはしっかりしてるんじゃないかしら。
「あ、もう馬車が来てるよ!お昼ご飯抜きじゃん!」
「そりゃあ仕方ない。我慢だな」
「・・・・・・かなしい」
しょげるチハヤの頭を軽率によしよししながら、俺は馬車の隣まで歩いていこうとした。
だが誰かに呼び止められ、振り返る。
「キアナさん」
「ああ、よかった間に合った。兄ぃのヤツさっき起きたとこで、起きて早々これを渡しておいてくれって頼まれたの」
手渡されたのは小さい革でできた巾着のような袋。
持ってみるとずっしり重くじゃりじゃりいってる・・・・・・と、なると答えは2つくらいしかない。
「もしかしてこれ」
「金貨2枚と銀貨10枚、それで銅貨が50枚ね。銀貨1枚で聖都の宿ならだいたい一泊二泊泊まれるから、うまい具合に使ってくれって。兄ぃあんな態度でもあなたのことすっごい気にしてるからこんなに渡したんだと思うけど、くれぐれも浪費はしないでください。あとぼったくりとかああいうのにはつきあわないで。チハヤちゃんも、カツノリさんのことよろしくね?」
「うん、カツノリのところに悪い人来たら・・・・・・えーっと・・・・・・お股全力で蹴るね!」
チハヤよ。
それだけはやめてあげような。
大事なところに強撃は死ぬ、人として死なずとも男として死ぬ。
俺も前にイレギュラーした打球が大事なところにクリティカルで入ったことがあるんだ。それはそれは辛かったんだぞ。
前の世界じゃセクハラとか言われそうなことなので明確に言うのは避け、チハヤに忠告しておいた。
やるなら鳩尾に膝蹴りな。と・・・・・・
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