第16話 じゃぱにーずかるちゃー”社畜”

「~~~~~~~~~~~~っ!!!」


舌が泣いている、拒否反応を示している。

辛うじてサラダはセルフドレッシング形式だったのでそれを必死に食らうしかない。

卵のふんわりとした食感と甘さとか感じたかったのに、もう塩まみれで死ねる。その上魚の干物的な奴だってめちゃくちゃに塩分の指定暴力団ですよ、悲しい。


「カツノリ、草食動物なの?」


「いえ、雑食です」


俺だって肉食いてえし魚も食いてえよと、慟哭を交えながらまた菜っぱを食う。

涙がまた飯の味をしょっぱくするのほんとに悲しい。泣き虫だとこういうのがつらい。


「泣かないでくださいよぉ、こっちのご飯までまずくなっちゃう」


「でぇもぉ」


「でも、じゃないでしょう?」


仕方ないですねとキアナさんが言って、彼女自身のプレートに載せられていたソーセージの前駆的な物をフォークで刺し・・・・・・俺の口元まで持ってきてくれる。


「これなら、製造は民間の工場で完結してるので塩の量もほかのものよりは少ないでしょう。食べてみてください」


差し出されたそれを、俺は少し躊躇しつつも口に入れる。

ぱり、と適度な硬さの皮が破れて中から牛のような肉の汁が溢れ出してきた。

・・・・・・おいしい。そして何より、塩辛くない。


「・・・・・・おいしい、です」


「それはよかった。少しは食べられるものがあって」


にこやかに笑うキアナさんは、菜っぱばかり盛っていた俺の皿へ残りのソーセージを移してくれる。

なんとまあ優しいことか。これぞまさしく聖人だ・・・・・・肉親(というか兄)には厳しいけど。


「いいんですか?」


「いいのいいの。私、他の人が笑ってるところを見るのが楽しいんだもの」


「・・・・・・ありがとうございます」


いただいたものをゆっくりと味わう。

はじける皮、溢れる肉汁、程よい歯ごたえの挽き肉。

香ばしさと旨味の波に呑まれた舌がおいしいと辞世の句を謳ったような気がした。


「よかったねカツノリ。おにく食べられて」


「・・・・・・うん。肉は正義だ」


山賊魂、ここにありである。



「そういえば公爵のほう来てないですけど」


もう兵士の皆さんもちらほら自室とか訓練所に移動してしまい、すっかり空いた食堂の中には俺とチハヤとキアナさんのみ。かれこれ20分30分はいたはずだが、公爵は一向に来ないままである。


「・・・・・・兄ぃったら・・・・・・また早めに寝るとか言って真夜中まで仕事してたわね」


なにそのジャパニーズ社畜。

お偉いさんのはずなのに残業しまくりとか働き方改革をしたほうがいいのでは?

なんて労働基準法に真っ向から対抗した結果死んだ奴が言いますけども。


「仕方ない、私のご飯で釣れば1億年の眠りからでも飛び起きて発情したトリルラビットみたいに跳ね回るでしょ」


安定の兄に対しての辛辣な物言いをしつつ、キアナさんは厨房に入って彼女専用とおもわしきエプロンをつける。

長い紺の髪を丸めてシニヨンヘアにまとめ、動きやすいモードへとチェンジ。

小さい鍋(容量にして1L未満ほど)とフライパンを取り出し、鍋に300mlほど水を入れて火にかける。

トマトをさっと湯剥きして1cm角にカットし、あらかじめ割って溶いておいた卵と一緒に軽く炒め、塩はひとつまみと胡椒をさらに少ない量加え、そぼろにならない程度に火を通して皿へと移す。

少量の水を入れていたため早くに沸いた鍋の水へ、残っていたコンソメスープ(無論めちゃくちゃに塩辛い)をお玉2杯分加え混ぜ、茹でただけのトウモロコシ半分を輪切りにして半分、豪快に入れた。


「・・・・・・すごい」


「丁寧さと荒々しさの共存だね」


トウモロコシにある程度スープの風味を浸透させている間にパンを温め直してバターと一緒に皿へ盛り付けお盆の上へ。

陶器っぽいカップにコーヒーらしい何かを注ぎ入れ、そのそばには牛乳と少しの角砂糖。

できたスープも平ためな更に鍋の半量を入れてお盆の開いたスペースへこぼれぬよう優しく置く。

ふう、と腕を組みながら一息ついて汗を拭うキアナさん。

いい母になるビジョンしか見えない。そらそうだ。


「さて、あのばか兄ぃを起こしに行きますか」


「おー」


え、俺も行くの?と言いかけたがどうせあとで会って話とかするつもりだったしせっかくだから今回済ませておこう。

チハヤに続く掛け声を上げ、俺たち3人は執務室へと向かった。



「兄ぃー!ごーはーんー!!!」


部屋の目の前で俺に料理の乗ったお盆を任せ、キアナさんはドアを若干激しめに叩きながら公爵を起こすために叫ぶ。

だが扉が開くどころか向こうで生き物が動いてる気配すらしない。


「兄ぃーーーーー!!おーきーてーってば!!これ以上寝るつもりならいろんなところ蹴りに蹴ってやるんだからね!!」


会って1日と経ってない筈だが俺にはわかる。

そういうこと言ったら蹴られたいがためにわざと寝たふりするだろうと。

案の定向こうの反応はなし。依然として扉は開かぬまま。


「もー、仕方ない。実力行使よ」


ドアを乱暴に開け、執務室からしか行けない寝室へとつながるドアを4度叩いて最後の確認をする。

だがそこまでしても反応はない。


「・・・・・・もしかして、中で永遠の眠りに」


KAROUSHIというものが我が祖国にもありまして。

もしかしたら公爵もその毒牙にかかってしまったのだろうか・・・・・・


「ばかなこと言わないでください。うちの兄ぃはリオン防衛戦で強いられた3日寝ずの番でも堪え忍んだんだからそんな簡単には死にません」


3日完徹とか完遂できるあたりこの世界の人間は格別に強いのだろう。

まあ、公爵が鍛えたからこそ得られた耐久力なのかもしれないが・・・・・・


「・・・・・・兄ぃ?」


ドアをゆっくりと開けて中を覗く。

上からチハヤ、キアナさん、俺と縦長の隙間からちゃんと見られるように位置どった頭みっつ。

・・・・・・静かな寝息が、声を潜めると聞こえてきた。

毛布の中でミイラっぽくなっている”なにか”こそが、シアングギアナ公爵なのだろう・・・・・・たぶん。


「・・・・・・ここまで完璧に寝てると逆に起こしにくいわね」


どうしたもんかとキアナさんが後頭部を掻いて、取りあえずこれだけは置いておきましょと寝室の机に用意した食事を運び込んだ。

おふとんむしと化した公爵の布団膜を剥いで、その顔色を観察してみるも特に疲労からくる目のあたりのくま以外は特に異常はない。とにかく、休んでいれば大丈夫な類だ・・・・・・医者でもない自分が言い切れるものでもないが。


「もう、寝させてあげましょ。これ以上頑張らせちゃったら死んじゃいますよ」


「・・・・・・そう、だよね。うん。今日は私も鍛練少しだけサボっちゃお・・・・・・ちょっとだけ、兄ぃのとこで寝させてもらおうかしら」


私も働きづめで疲れたわ。とキアナさんは言って公爵がぐっすり眠っているベッドで寝ころぶ。

足蹴にされていた薄い毛布にくるまり、静かに目を閉じた。

これ公爵が起きてこの光景を見たら喜びのあまり血を噴いて死にかねないと思うが、まあそん時は弔いましょう。


「・・・・・・この様子じゃ、公爵にご挨拶できないね」


「そうだね。カツノリ、先に準備しよ」


「うん」


チハヤの提案に乗り、俺たちは与えられた部屋に戻る。

纏める荷物とかそういうもんはないけれど、まあしておくに越したこたない。

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