第15話 小さな約束

「ミヤ」


それは。


「僕たち、ちゃんと日本一達成したよ」


約束を果たしたことを告げる、短い言葉だった。

彼の奥さんから送られた青いダイヤモンドのペンダントを・・・・・・服の中にしまった彼の思い出0.2gを握りしめて、墓の前にしゃがむ。

監督が7度宙を舞い、それと共に背番号14のユニフォームが翻る。

その景色を思い出して、また喉の奥がつーんと痛んだ。


「・・・・・・鳳」


一緒に来ていた桝井さんが、俺の右肩を叩く。

滅多に泣かない彼がぼろぼろと目尻から涙を溢れさせ、俺を宥めるように抱きしめてきた。


「あいつは、宮下は・・・・・・笑ってくれるかな」


「・・・・・・きっと、きっと・・・・・・笑ってますよ。あの、騒音みたいな高笑いで」


わははははは!なんて声をよく聞いたものだ。

それはあまりにもうるさくて、僕はついやる気スイッチをオフにしてそれを聞く行為だけキャンセルしてしまうけど。

心底人生楽しそうに生きてる様を見ていて、俺もちょっと羨ましかったのは事実。

自分を貫き通せれば、あれだけ輝くことができるのかなんて・・・・・・僕の中での、小さなあこがれにすらなっていた。


「宮下のことだからどうせくたばってもどこぞで野球してんだろうよ。あいつ、体は野球でできている系の人間だからな」


「そうでしょうね。ミヤはいつだって瞑想とか寝てるとき以外は野球のこと考えてないと不安になるタイプだから」


野球をやるべく生まれたような生命体なのだ。生まれ変わろうと冥界の底だろうと棒と球見つけてきて始めそうだし。


「・・・・・・なあ鳳。お前はさ、もし生まれ変わってもあいつと一緒にいられるってなったら嬉しい?」


唐突に、桝井さんがそう問った。

この人は自他共に認める天然かつアホの子だけど、時々かなり鋭い質問をしてくることがある。

今のように。


「嬉しいですよ。僕を救ってくれた恩人なんで、返しきれてない恩も返したいし・・・・・・ミヤのこと大好きですから」


どん底にいた僕を、乱暴に引き揚げてくれたとても大切な人。嫌いなわけがあるまい。

チームメイト相手に気持ち悪いですかね、なんて言いながら明後日の方向に逃げの視線を送り自分を笑った。

それでいて一度も気持ちを伝えてなかったんだから、情けないよな。


「・・・・・・気持ち悪くなんかないやろ。純粋な好きに性別が関係あるもんかってんだ」


しれっとものすごく深いことを言ってるのだが彼はそのことを理解していないふしがあるというか、ふししかないというか。

こいつを忘れてたなんて言って墓に二つお菓子を置く桝井さん。

お菓子を供えるなら普通に仏壇にしとけばいいのに、などというツッコミはこの人の前には無効である。


「どんなやつをお供えしてるんすか?」


「ん?ああどまんなかと、くにの本。なんとなく選んだお菓子よ。日持ちはするから安心せい」


日持ちを気にするのならなぜ野ざらしという点を考慮しなかったのかが不可思議である。


「つかどまんなかとかミヤのやつ怒りませんかね?理由もなしにど真ん中投げるのは愚行ぞとか言ってたし」


「まー美味けりゃなんでもええやん」


そんなことを宣いながら、桝井さんは静かに目を閉じ合掌をする。

僕もそれに倣って手を合わせた。


『いつかまた、会いにいくから』


こんなとこで実現できるかわからない話をするのはちょいと野暮かもしれない。

でも、それでも僕は彼に伝えたかった。僕にはその意志があると。


『待ってるよ、マサ。来たらめいっぱい野球しような』


そんな声が聞こえたような気がして、僕は目を開く。

・・・・・・無論眼前に彼の姿はない。

シーズン最終戦のときと同じ現象だった。見えない彼がどこかにいて、たまに僕を呼ぶ声が聞こえる現象。

幻聴だと、これは自分の脳が都合よく生んだ偽物の彼だとわかっていても縋りたくなった。

人間不信と言っても良いほどに塞ぎ込んでいた僕の心の扉を、開け放つどころかダイナマイトでぶっ飛ばしたような人。剛毅果敢という言葉そのものみたいな人。自分は馬鹿だよなんて言いつつも、それなりに博識だったりする人。

そんな変人でも、僕は好きなのだ。


「じゃ、もう帰るか」


「そうですね。大勝利報告も出来たことですし」


からん、と中身のなくなった桶と柄杓を引っさげ、桝井さんのあとを僕はついていく。

11月の寒さが加速し始めた風に頬を嬲られるけども、もうこんなのは慣れっこだった。



雀に似た鳥の鳴き声が聞こえてくる朝、俺は目を覚ます。

・・・・・・また、あいつの夢を見た。

昔ちょっとちょっかいかけて友達になっただけなのに、いつまでその恩を感じ続けているんだかなんて・・・・・・あんの馬鹿に小さく文句をつける。

そんなことを言われちゃあ、俺だってどうあいつのことを思えばいいのかわからなくなるじゃないか。などと自分勝手極まりない感情を押しつけてみたり。


「カツノリ、おはよ」


俺がもぞもぞ動いていたせいでチハヤも目が覚めてしまったらしい。

手で目をこすり、大きな欠伸を一つ。次の瞬間には昨日見たつぶらな瞳が復活してるというんだから謎だ。


「おはよう、チハヤ」


寝ている間によれた服をある程度整え、俺は大きく伸びをする。

これをしないととっさの時に筋肉のどっかしらが張るみたいな俺にだけ通用するジンクスがあるからだ。

肩も軽くストレッチで伸ばし、一つ大きく深呼吸。

そして顔を備え付けになっている水道の水で洗った。


「馬車がくるのは今日の14時くらいだってキアナお姉ちゃんが言ってた。5時間くらいあるけど何する?」


「・・・・・・ないに等しいけど荷物の整理と、公爵の都合にもよるけどお礼言うくらいかね。ご飯は恐らくからいから食えるかどうか」


「ちょっとしょっぱくても食べなきゃだめだよ、カツノリも我慢しよ」


15歳の子に言われてしまっては反論するわけにもいかず、俺は渋々朝ご飯を食べに行くことにする。

食堂まで壁に掛かった案内板を頼りに行ったところ、かなりの数の人でごった返していた。


「・・・・・・これ席あるかなあ」


「ないね、うん」


満員御礼そのものみたいな状況で、空いてる席が存在しないというか見えないというか。

これじゃあしばらく食えねえなと俺らはすごすご帰ろうとした。


「あ、二人ともおはよう!席ならここあいてるよ!」


いきなり誰かに呼び止められたので振り返ると、そこにはキアナさんがいて・・・・・・

いかにも高級そうな椅子4席分のうちの2つに座らせてくれた。なんだか申し訳ない感じがする。


「いいのいいの。ここ、私と兄ぃくらいしか座らないのに4つも椅子があるんだもん。たまには誰か座ってほしいんだよね」


なんて言ってキアナさんが持ってきたプレートは増量を目指す男子高校生レベルの量のご飯が盛られているものであった。

鶏のもので換算すると卵6個は使ってそうなオムレツやらレタス丸ごと1個むしったんじゃねえのってくらいのサラダやら、もう女の人が食っていいのかというレベルの質量である。


「・・・・・・なに、これ全部私が食べるとでも思ってんの?みんなが位ったら時間食うからまとめて取ってきたに決まってるでしょ」


ですよねすいませんでした。

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