第14話 異端の定義、壊れてる

「んで、実際のところあの女の子はなんなんだよ。お前の奴隷か?」


いきなりとんでもないことを聞いてきやがるあたりデリカシーがないというかなんというか。もはや呆れるくらいで反応もできん。てかまあ力関係みたいなのは俺とチハヤが並んだだけじゃあわからねえもんな、仕方のない話か。


「奴隷なんかじゃないっすよ、あの子とはロンディーヌとかいうとこの森で会ってですね・・・・・・俺が魔物に襲われてるところを助けてくれたのきっかけに、俺が旅のお供として」


「男のクセに助けてもらったのかよなっさけねえなあ!それでもアデプトゥラかっての」


まーた大声で笑い飛ばされる。

俺がよわっちいのはどうしようもない話だ。魔物とかそんなものが日常で出てこない世界で育ってきたんだし、人を物理的に傷つけたことなんて学生時代に数回やっちまった喧嘩かデッドボールくらいなのだから。

体の石鹸を洗い流してぬめりを落としていく。湯船につかりたいところだが、この男と会話を続けねばいけない雰囲気なので仕方なく俺はシャンプーを手にとって泡立て始める。


「いろいろとこっちにも都合があるんですよ。生憎と今まであまちゃんな暮らししてきたもんで戦うのは苦手なんですわ」


「リオンは聖櫃の加護があるから魔物は少ないし弱いとはいえ、さすがにそれはねえだろうよ」


「・・・・・・あるんですよそれが」


濡らした髪に泡を塗りつけ、頭皮に馴染むよう指の腹で揉んでいく。

シャンプーの開発は結構進んでいるらしく、漠然とした感想だがなかなかいい感じ。


「ま、せっかく国宝とも言える神の鍵に適合する体なんだから、それなりには鍛えておいた方がいいんじゃねえか?いつか魔族と戦わにゃならん時が来るんだろうし、むざむざ殺されるような奴にはなりたくねえだろう?」


「・・・・・・わかってますよ」


シャルロットさんから与えられた、天命とも言える仕事。

なにがあろうと達成せねばならないことで、俺はそん時まで死ぬわけにはいかない。

・・・・・・でも、今から鍛えて間に合うのかが不安になってきた。

魔族の侵攻が何時ぐらいになるのか皆目見当がついていないので、計画もたてづらい。


「なんかあったらオータムベルク公爵を頼るといい。冒険者や騎士として、とてもいい見本だからな。なんてったって冒険者1級持ちな上に自衛軍最強の名をほしいままにしている第1師団の長なんだからよ」


「まあ強いってのは戦わずともわかりますけどね。てか、なんでそんな人がこんな防共要塞にいるんですか・・・・・・大事な場所なのはわかりますけど、自衛軍最強なら首都守りませんかね普通」


なんとなく浮かんだ疑問をぶつけてみたところ、男の顔が少し曇った。

俺はまた何かへまをやらかしたか。ここが首都よりも大切な場所とかそんな話だったらどうしよう。

髪になじんだ泡を洗い落として、心だけだが土下座の用意。


「これはリオンという国家の悪いところなんだがな・・・・・・公爵、端的に言えば虐められてるんだよ」


とんでもない発言が飛び出しよった。公爵ともあろう階級の人間が虐められている?そんなことがまかり通る国ならばさぞ政府も腐ってるとまでは言えないが悪いものなのか。

今度こそ湯船に浸かろうなんて思っていたがそんな暇はナッシング、聞けるだけ聞いておきたい。


「虐められてるって?」


「長年旧王家に封じられていた神の鍵を抜いたことが発端で、それによって騎士爵からいきなり公爵にあがったもんだからたくさんの貴族どもが不快感を覚えてな・・・・・・窓際に左遷ときた。神様の加護を受けるものとして陰湿なやり口は許せんのだがいかんせん公爵も反抗しようとしてないから部下がなんかしら言えたもんでもないし・・・・・・」


やっぱりどんな世界でも人間は人間なのだろう。善人もいれば悪人もいる・・・・・・ついでに言ってしまえば、捉え方さえ変えればどんな風に見ることだって可能だ。

人の金を盗んでばらまいた悪党も、盗まれた金が詐欺で得たやつならばその悪党は主に被害者から善人として見られることだってあるように・・・・・・だめだ、例えが下手すぎてなんも伝わらん。


「政府もそれを容認してるんですか、あと教会も」


「・・・・・・元首になるのは貴族の中から選ばれた人間のみだからな、公爵に味方する人間もいれば敵対する人間もいるからなんとも言えんのさ。派閥としては半々くらいなもんでどちらがトップにたつかなんてのはそのときの選挙次第。今の奴はいざというときには徹夜進軍してでも駆けつけてもらえばいいなんちゅう戦いのことを何にもわかってない貴族らしい甘い考えで公爵をこんな僻地までポイさ。さすがに民衆もブチ切れなんだろうが言葉は届かねえもんよ。公爵にだって権限はあるんだしなんかいってほしいところなんだけどな」


酷い体制だ。民草の声を聞かず権力だけ持った一部の人間が勝手に動かしているなんて。

そんな国もいくらか見たことはあるがここまでクソなのは珍しい。


「教会も最近は腐りきっててな。まともなのは教皇さまと一部の枢機卿、敬虔な信徒だけ。あとは教会の権力を盾に好き放題ばっかしてる異端者だ・・・・・・そいつらが異端審問するとか笑い話にもほどがある」


「・・・・・・異端審問って、魔女みたいなのを見つけたりする?」


自分と違うものを排斥したがるってのは人間としてまあ至極当然の性質だ。

異教云々に話を限れば日本のような宗教観の薄いんだか濃いんだかわからん風土にはあまりないが、カトリックあたりの国じゃあ昔はしょっちゅうあったらしいし。

・・・・・・まあ、言ってしまえば日本じゃ宗教の関係がない話で自分の嫌なもん見たくないもんを規制しろとピーピー騒ぐ輩はいたもんだ。あれほど滑稽かつ鬱陶しいもんもなかったと思う。


「そうだ。相手が邪教の信奉者だったり教会そのものを敵視するやつであれば、俺もまだ理解できるんだがね・・・・・・問題は、シャルル教の真っ当な信者であれ異端審問会の逆鱗に触れちまえば処刑されるっちゅう話が過去何件も発生してる。同胞の命は守らなきゃいけないはずなのに、聖書にも書いているはずなのに・・・・・・」


「・・・・・・本当の異端はどっちだって話っすね」


少しだけ冷えてしまった体にもう一度湯をかけ、俺は湯船へと移動し42度のところに入る。

体中を包み込む暖かい流体。本能的な幸福、満足感が包み込んで・・・・・・命の洗浄というかもはや浄化だ。

温泉というわけじゃないらしいが入浴剤にあたるものは入れてあるらしく、ほんのりと花のにおいがする。

お風呂に関しては今まで同様の安らぎを得られるということがわかったので、あとはこれが全世界に普遍的に存在するということを祈るだけだ。


「お前も42派か。趣味が合うな」


男も42のところまで来て入ってくる。その影響で立った温かい波が体を撫でていく感覚もなかなかによいものだ。


「こんくらいの温度が一番気持ちいいんすよね~。お湯に体慣れてないと熱いし心臓に悪いしちと危ないけど」


「同志よ」


「仲間ですね」


こんなところで増えるとは思わなかったぞ風呂の好みが同じ奴。


「自己紹介してなかったな。俺の名前はエスカル。エスカル・ノーディアだ。またどっかで会えたときに名前覚えててくれるとありがてえなあ」


「宮下克典っす・・・・・・名前、俺の記憶力がひっくい脳みそですけども頑張って覚えときますよ」


「ははは!そりゃどうも!」


また背中をべしべしと叩かれる。俺の背中にあとで清水寺のやつよりも真っ赤な紅葉が出来てないか不安だ。

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