第13話 結石の痛みははんぱないです(語彙力)
「まず、短い時間でいっぱい塩を体に入れるとどうなるかだけど」
興味なさそうに俺の顔を見るチハヤだが、聞いてもらわねば困る問題なのでなんとか頭に残るようにと必死にしゃべる。
桝井さんほどじゃないが俺もヒーローインタビューがへたくそなタチなのでなかなかしゃべりは難しい。
「体の中で塩を処理する場所がたくさん無理に働いて、そこに悪影響が残ったりするんだわ。多いと処理すら追いつかなくなって血の中の塩が濃くなって体をいじめんだよ・・・・・・そして、ある量一気に食べると死ぬ」
「・・・・・・死んじゃうの?」
「ああ、塩を処理する力が高い人と低い人がいるからその量に差はあるけれど、どっちの人間も取りすぎると死んじゃうんだ。継続的に多く塩をとっていても、高血圧とか動脈硬化っていう病気になったり骨が脆くなったり、おなかの中にめっっっっっちゃめちゃ痛い石が育っちゃうなんてことになるんだよ」
社会人時代、先輩のひとりがそれをやらかしてかなりの期間苦しんでいた記憶がある。
発作的に起こる痛みがものすごいらしく、無理に試合に出た日に限ってそれでのたうち回るなんてこともあったし、その先輩がトイレなんて行ったらわかりやすい血尿の跡なんてもう悲惨なんですよあれが・・・・・・
「・・・・・・塩って、食べちゃだめなの」
「いや、食べなきゃそれはそれでだめなんだ。だいたいの物にも言えるけど、とらなきゃそれはそれでだめなの。塩の場合だと、取らなければ筋肉が使い物にならなくなる上寝たまんまずっと起きられなくなるんだ」
この過剰摂取文化を放っておけばとんでもないことになる。
魔物じゃなくて食生活に殺されるわけにもいかなんだ・・・・・・
「難しいんだね」
「ほんとに・・・・・・難しいんだなこれは」
コップの中の水を飲み干し、胃液を無理やり希釈する。
まだ口の中に残る塩の辛さにはもう呆れるレベルだといっても過言ではない。
いつぞや鳳の野郎に言われた、『そんなに眉間に皺寄せたら老け顔になるぞ』の言葉を思い出して無理やり表情を元に戻す。
「リオンでもそういう風潮だろうし、みんな同じ量で健康にいられればな・・・・・・そもそも、塩の値段がめちゃくちゃに高いのが原因なんやろ?それなら、交易をいろいろ見直すか自国生産出来るようにせな・・・・・・」
海なし国で自国生産とかどうやるんだよなんて一瞬馬鹿馬鹿しいななどと思った。
だが、俺の頭にふっと浮かぶ一つの可能性。
今海がなくても、昔に海があったのならば・・・・・・
「・・・・・・岩塩」
そうだ。
地面が動いて海水が取り残され鉱物として結晶化した岩塩ならば、内陸にもあるはずだ。
それがなくても、水にある程度の塩分を含む湖があれば・・・・・・
「なあチハヤ、このあたりって・・・・・・昔海だったっちゅう話は聞いたことない?」
「ないよ?え、このあたりって海だったの?」
「いや、俺にはわからん・・・・・・とにかく、調べてみる必要がある。結果次第では塩が富裕層の寡占状態じゃなくなるかも」
そうなれば、民草へも物品が行き渡り塩は食えるうちに食えという風潮を薄めていく。
そして少しずつ、健康への道を開いていく。
一筋縄ではいかんだろうが、やらねば終わらぬ問題だ。
「失礼します。そろそろ食べ終わりましたか?」
話しているうちにキアナさんが食器を下げにやってきた。
俺はかろうじて飲み物で無理やりパンを流し込むように食ったがそれ以外はもう無理だと判断し、ほぼ手付かず。
チハヤはしれっと完食しておられる。大丈夫なのか。
ちょうど食欲も強そうな年齢の俺がそこまで食べてないのを見てか、キアナさんが少し心配げな表情を見せる。
ああ、こんな顔させたって公爵にバレたら八つ裂きにされそう。
「お腹すいてなかったんですか?」
「・・・・・・いや、俺にはちょっと・・・・・・塩辛くてつらかったんです」
隠しても好転する事象ではないので、さっさと白状してやった。
「そーですかね?」
キアナさんが俺の残したものに指をつけて舐める。
特に渋い顔をするわけでもなく、味わって首を傾げた。
「いたって普通の味じゃないですか?」
「・・・・・・そう、ですかね。ちょっと食文化が違うもんで・・・・・・すいません、なんか」
「ああ・・・・・・兄ぃも言ってましたけど、別世界の人なんでしたっけ。ごめんなさい、ここのご飯はどうしても一気にいっぱい作らないとだめなんで、ひとりのために変えられなくって」
わかっている。俺というちょっと珍しいところがあるだけなただの客に気を使ってここにいる他の人全員を不快にさせていいわけがない。
「リオンではこの味が平均・・・・・・とまではいかないんですが、味が凄く濃い料理が多いんです。お医者さんも塩が多すぎると怒ってるんですけど、どうしてもあの味に慣れた人が多くって、治らないんですね」
警鐘を鳴らす人がいてもそう変わらんのは仕方ない節がある。
人を納得させるにはちゃんとした根拠とかを示して理解してもらう必要があるのだ。
「明日の朝ご飯は少し塩控えめにしてもらえるよう頼んでみます、ほんとにごめんなさい」
「い、いや頭下げなくたっていいですから大丈夫ですって!!」
こうまでされるとこちらもなんだか悪いことをしてしまったかような感じになってしまうしなんだかばつが悪いもんだ。
食器を片付けて貰ったところで、俺はお風呂を借りる事にした。
幸いタンスの中に下着っぽいものがあったので確認をとって使わせてもらうことにする。上着は汚いが今日は我慢するしかない。
風呂場についたところあったのは雑に男/女/それ以外と書かれた3つのドア。
それ以外まで完備してるとかなかなか進んでるなあなどと思いつつ、俺は男と書かれたドアを開ける。
まず入ると至って普通の脱衣場があって、方式はかごの中に服を入れておくタイプ。
さすがにひとつひとつ扉と鍵をつけるほど凝ってはおらず、盗まれたら自己責任らしい。
まあ、やられたらそんときだ。
「・・・・・・ひっろいなあ」
服を脱いで着替えを上に置き、硝子の引き戸を開けると湿気った熱気が体をむわっと撫でた。
浴場は高級ホテルの大浴場ばりに広く、湯船が5つほどあった。
この世界にも水風呂のような文化があるらしく、5つのうちのひとつは常温の水が満たされている。
残りの4つは温度がそれぞれ違っているようで、38度から40、42、44と2度ずつ違うらしい。
摂氏と見せかけ華氏だった的な恐ろしい事態じゃないかと手を浸してみるが普通にあたたかい湯で、底まできっちりあったかい。
「・・・・・・じゃあ、使わしていただきますかあ」
その前にかけ湯をして軽く体を洗う。
体と顔は洗って髪だけ後で洗うのが俺の流儀である(どうでもいい話)。
シャワーの一歩手前のようなぐにぐにした管を掴んで、レバー式の蛇口を捻る。
茶色くない綺麗な液体が流れ出て、床にぱしゃぱしゃ落ちていく。
最初は冷たいものしか出ないというのは物理的な話どうしようもないので、温まるまでしばしの待機。
「・・・・・・ふう」
お湯を体にかけ、黄色い石鹸を手に取り少々泡立ての時間。
泡立て専用タオルとかそういうものがないので、必死に手でもしゃもしゃもしゃ。
ある程度立ったところで全身にそれを塗り、優しく擦っていく。
あまりごしごししすぎても肌に悪いので、汚れが取れるくらいに優しくするのがポイント・・・・・・だと前に
「へへぇぇえ」
なんだか緊張が最高にほぐれた感じ。
風呂は命の洗濯って良く言えてると実感した。
「お、見ねえ顔だと思ったら噂の勇者かっこ仮さんみてぇだな」
大腿四頭筋や僧帽筋がとくに隆々とした、まるで磁石に群がる砂鉄のように生やされた髭が特徴の男性が俺の隣に座った。
どうやら俺みたいなのが珍しいからと話がしたいようだ。
「何か、俺に用事でもあるんですか?」
「なぁに、面白そうなもんがあったらつい惹かれちまう人の性ってやつだ。今日の夕方頃国境警備隊から連絡が来てたようでな、ちょこちょこ情報が流れてきたからどんなもんかと思ってたんだわ」
ぶはははと豪快に笑う男。動きもなかなか豪放磊落で、髪の毛専用の洗剤があるにも関わらず石鹸で深い青色をした髪まで洗ってしまう。
「俺、別に強くもなんともないただの人間っすよ。なんかアデプトゥラとかいう珍しい人間だとは言われてますけど」
「ほー!アデプトゥラだってか!そりゃ待遇がいいわけだ。国に二人もいるなんてこた奇跡だ、これも神様のお力か」
大きな手で俺の背中をばんばん叩いてくるが力加減に関しては不得手なのかものすごく痛い。
なんならあともうちょっと強くやられたら吹っ飛んでいきそうな気がする。
「痛いです」
「ああすまんすまん、つい加減を忘れるんだよ俺」
・・・・・・案の定である。
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