第12話 多けりゃいいってもんじゃねえ

「お待たせ・・・・・・」


「おかえり!おりゃあ!」


公爵との話を終えた俺は、最初に案内された部屋へと戻る。

ベッドの上で暇そうにごろごろしていたチハヤが俺の顔を見るなり反射的な動作でがばりと起きて、その自慢の脚力で飛び込んで来てくれる。

さすがに短期間で懐きすぎではないだろうか。俺がとんでもないお人好しで最強自己犠牲精神の持ち主だったとしてもさすがにここまですぐ信じる訳ないだろう。


「おうおうおうチハヤ、とりあえずまあ落ち着け?な?」


俺と遊びたくてうずうずしてたのだろう、ないはずの尻尾がぶんぶん振り回されてるみたいに見える。

やっぱり狼亜人とのハーフだからかなんか知らんがイヌ科感が否めない。


「公爵さまとどんな話したの?」


「・・・・・・それは、秘密って約束したから言えないよ」


「どうしても?」


ベッドに座らせたのはいいが、胸倉を掴まれた!と思った瞬間視界はぐるりと一回転。

チハヤに俺は引き倒されて、そのまま腹の上に馬乗りになられてしまったらしい。

なんとまあ危ない香り、ここにキアナさんとかが来られたら俺刺し殺されるに違いないだろう。

その前にどうにか起きあがらねばと思っていてもチハヤに押さえつけられまともに動けない。

非力すぎて泣きたくなります。


「ちょっと、チハヤのいてくれないか・・・・・・苦しいから」


「苦しい?ごめん」


チハヤが素直に言うことを聞いてくれたかと思ったら、ちょっと腰の位置を後ろにずらしただけ。

よりいっそう危険な構図になりました。やめてください間違いを起こしますよわたくし。


「いや乗っからないでください」


「乗ってないと逃げるでしょ?」


意図してやってる訳じゃないだろうがぐりぐりと尾てい骨を擦り付けられて、俺のバカ息子が勘違いする。

だめに決まってるだろ13歳も下なんだぞ犯罪だぞ俺、世界を救う前に首ちょんぱは嫌だろ俺。

必死に九九を逆から唱えたりして鎮めにかかる。思考をそれにだけ集中せざるを得ず、チハヤをほっといたままというのも悪いが気にするほどの余裕はない。

なんとかかんとか犯罪の予兆は抑え込んだが、かわりにチハヤの機嫌は下がり気味・・・・・・ああ、やっぱどこの世でも女の子って難しいもんだ。


「・・・・・・だめ?」


「駄目に決まってるだろ、約束は約束なんだ」


うだうだ続けると押し切られそうな気がしたので俺はここできっぱりと宣言をする。

そしたらチハヤは露骨に腕をさわさわと擽るように撫でてきて、俺を煽りだした。


「・・・・・・ねえ、しよ」


いきなりの誘いにもはや狼狽えるどころか呆然。

倫理観というかモラルがおかしい、日本だったら真っ先に俺がパクられるってやつだ。


「ダメったらダーメ!どきなさい!」


「えー」


「えーじゃない、てかなんで出会ったばっかの俺とそういうことに及ぼうとするんだ、まだ一晩も過ごしてないのに」


率直な疑問をぶつけてみる。

別に俺は絶世のイケメンでもないしあからさまなチート持ちだとかそういうわけでもないというのに、なぜそこまで近くまで寄ってきてくれるのだろうか。

ないとは思うが、勇者としての何かを狙ってたりして・・・・・・いや、俺の持ってる能力なんて球出し以外ないからそれも無理がある。

そうなるとなおさら不可解だ。俺なんかにどうして近づくのだろう。


「・・・・・・別にいいじゃん。そういうのっていうか好きに理由がなきゃだめなの」


う、と言葉に詰まる。

よく俺が悩まされてきた言葉をここでも聞くとは思わなかった。

視覚からの情報を受けやすいか否かで好きになっていくステップも違ってくる・・・・・・受けやすいと相手の顔とか体が好きから始まって、受けにくいと相手と会う度に理由が見つかっていくみたいな・・・・・・

昔からモテもしなかった俺は、あんま色恋沙汰が得意じゃないしそれは今も変わらない。


「理由、かあ・・・・・・」


「なくたっていいでしょ、そんなの」


「・・・・・・そうだけどさ」


ぐいぐい、ぐいぐい。

少しずつ押されてきている。

このままじゃあ、いずれはなし崩し的にやられてしまうだろう。

腕力の差もあるしこのままではよろしくない話に・・・・・・


「・・・・・・わかったよ。どくから」


馬乗り体勢を解いて、隣へと寝転がり背中を向けるチハヤ。

心なしか寂しそうな雰囲気が見える。


「・・・・・・ごめん」


「・・・・・・謝らなくていいよ」


完璧に拗ねられた。

俺も悪いことしたなとは思うが取り繕う手段がわからない。なんて情けないんだか。



なんだかもどかしい空気感になった室内。いつもならテレビとかつけて寝るまで乗り切るのだがここにはそんなものもなく・・・・・・

置いてあった本をまた読み出して俺はなんとか時間を潰していた。


なかなか本の内容は興味深いものばかり。

たいそう古い図鑑だったが國ごとによく出てくる魔物とやらが写真と共に分類されていて、中には地球でよく見かける生物に酷似したものもいる。

リオンに生息する類だと、例えば鷹とかの猛禽類。グリフォンとかいうゲームとかでしか見ないような種もいるが基本は地球の鳥をちょっとだけ色補正したり爪の部分を大きくするなどのパーツいじりをしたような雰囲気だ。

あとは頭に鶏冠のような水晶らしい物体がついているくらいだろうか。

これであればある程度俺も動きを予想出来るだろうしありがたい・・・・・・まあ、実物の挙動を見なければただのイキリ発言でしかないのだけど。


なんて脳内で盛大な独り言を繰り広げながら頁をめくっていると、部屋のドアが4回鳴らされる。

失礼しますの声とともに部屋へ入ってきたのはキアナさんで、がらがらと小学校で給食を配膳するときに使うような台車を押してやってくる。無論その上にはいい匂いを放つ食缶(を模したような何か)が乗っけられていた。


「二人ともご飯食べてなかったでしょう?あまり量は無いけど食べて明日の移動に備えてって、兄ぃが言ってたんで」


蓋を開け、きっちり二人分ある皿へと中身を移していくキアナさん。

どうやらメニューはビーフシチューのようなものらしく、ワインなどから錬成された芳醇な薫りが鼻を刺激する。


「アレルギーとかないですか?」


「ないです、毒じゃなきゃなんでも食えます」


「私もないよー」


ならよかった、とキアナさんは言って小さなテーブルに皿とスプーンを置いた。

傍らに水の入った木製コップとパンドカンパーニュみたいな大きいパンが4分の1個。

晩飯としては少々物足りないかもしれないが、空腹は満たせるレベルだろう。


「では、暫くしたら食器回収しに来ます」


「わかりました、ありがとうございます」


キアナさんは兄と違ってしっかりしているんだなあととても失礼なことを考えながら、俺は椅子に座りスプーンを取る。

まだ湯気がほわほわと立ち上っていて、とてもおいしそうだ。疲れて食欲すら忘れていた体が一気に元の感覚を取り戻す。


「いただきます!」


皿へとスプーンを突っ込んで即すくい上げ、口に入れる。

瞬間、とんでもない塩味が俺の味蕾を嬲った。

高血圧直行ジェット便のような味がする、無理だこれは日本人が食っていい代物じゃない。


「かっら!!!なにこれめちゃんこかっら!!!グラフに示したら絶対塩味だけときんときんだがや!」


思わず母国(尾張とも言う)が雑に飛び出す始末。

口にしつこく残る塩辛さを緩和すべくパンを食らうがこちらも同じようなお味。なんてことだ・・・・・・なんてことだ・・・・・・これじゃあまともな食生活ができないではないか。死でしかない。


「どうしたの」


「俺が食えるもんじゃない、塩入れすぎだ」


「・・・・・・塩って海でしか作れなくて、大陸の中側にあるここらへんじゃとっても高いらしいから今のうちに取っとかないとだめだよ」


だからといって普通の量を食べたら食塩の致死量たる30g(体重60kgの人で)の半分くらいはいきそうなレベルじゃあ生命的に無理がある。

俺で8gくらいに抑えるべきと言われているのに女の子で体も小さめなチハヤがこれだけの量を取ったら即不健康だ。


「それでもな、塩って一度にいっぱい取ったら体に悪いんだ」


確立された食文化に口出しするのは少々出しゃばりすぎかもしれないが、これは生死に関わる問題なのだ。

基礎スポーツ医学とか家庭の医学レベルだが、ここはチハヤのためにも言っておかねば。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る