第11話 叙事詩の預言と、神の鍵の呪い

「それを無碍に否定はしないが、にわかには信じがたい話だな」


そりゃそうですよね。神と会って会話したなんてのたまう人間なんて狂信者マジモン薬中毒マジモン敬虔マジモンな信徒しかいないし。

どうやったら信用させられるだろうかと思案するけども、俺は弁護士じゃなきゃ詐欺師でもないわけで・・・・・・

言葉に詰まってうんうん唸る俺を少し気にする程度に見ながら、公爵がぱらぱらと手に持った本の頁を捲る。

そして、ある瞬間にその指を止めた。

書いてあるであろう文章に目を通し、一つだけ息を吐いた。

彼がその頁を開いたまま、俺に見せてくる・・・・・・そこに書いてあったのは、『ゼルヌクロエ叙事詩』という文字。

叙事詩というくらいなのだから、誰かしらの英雄譚かなにかなのだろうが・・・・・・なぜ、そんなものを見せてくるのだろう。

これを読んでくれと頼まれたので、俺はあまりことを理解しないままその本を手にとり黙読する。


「・・・・・・これは、まさか」


『日の出ずる国に生まれしひとりの男、あめつちのうたを歌う者に導かれ神と対話したのちこの世に落ちる。

混血児と共に聖なる国へ現れる。

勝利司る鍵をその身に宿し、世界の危機を救うもの。そして、同時に世界を滅ぼすもの。

二律背反の存在であるもの。

白の球を無限に召喚する異能を持ち、ことあるごとに奇怪なものを伝道す。

槍を振るう男の同胞たる男、男の願いに呼応しこの世に顕現す。』


日の出ずる国、あめつちのうたを歌う者、混血児、鍵、白の球の召喚。

俺と関連する言葉が、その文章には記されてある。

これは預言書かなにかなのか。本の後ろを開くと、原典の出土は神暦1302年。推察される原典の作成年度が神暦10年。

チハヤが3020年生まれの15歳だと言っていたから今はおそらく3035年前後、つまり・・・・・・推察された年が正しいと仮定したら3025年前にはこれができていたということだ。

・・・・・・俺は、すでに完成された線路の上を走るトロッコの搭乗者に過ぎないというわけか。なにが生き方は俺の自由だ、結局全部シャルロットさんの手のひらの上なのに。


「・・・・・・心当たりはあるかい」


「ありますよ。あめつちのうたも、日の出ずる国も、白の球も。見ていてください」


プロ野球公式球のイメージをほんの少し浮かばせるだけで、俺の中の”何か”が小さく震える。

なにもない場所に浮かぶそれを引き寄せるように、右手を差し出した。


「・・・・・・来い」


空間へ穴があく。

そこからぽろり、転がり落ちた球は俺の手のひらへ吸い寄せられるように落ちてくる。

それをきっちりと受け止め、指先で数度回して見せた。手になじむ感触・・・・・・やはりボールを触っている時はとっても気持ちいい。


「・・・・・・それが、叙事詩の白い球というわけか」


「・・・・・・おそらく」


呼び出したそれを、公爵へと手渡す。

爆弾でもなんでもないただのボールだとちゃんと注釈はつけておいた。


「これは・・・・・・革か?」


「そうですね。多分牛だったかと」


この世界に牛と呼ばれる概念があるのかわからんが説明するにはこの言葉しかない。

もし俺の想像するものとかけ離れた存在が牛だったらどうしようか。


「・・・・・・なかなか変わった作りだが、芯には何があるんだ?魔力をかなり微細にだが感じるぞ」


ただの野球ボールになんでんなもんがあるんだ。

思い当たることといえば、俺が召喚したものだから中にちょっと力が残ってるせいとか位しか思いつかん。


「芯はコルクっていう特別な木の皮らへんにある組織ですけど、魔力に関しては知りません。俺は魔法に関してはほんとわからないんですから。科学しか存在しなかったところの生まれなんですし」


「・・・・・・そう、か・・・・・・これはかなり複雑というか、厄介というか」


後頭部を無造作に掻いて、公爵は椅子へと戻って腰を下ろす。

さすがに異世界からの客人相手は勝手もわからんだろうし疲れるだろう。言葉がわかるし話も理解出来るがどうしても越えられない壁というものはある。

文化とか常識とか云々に関する話だ。


「そうとなると、アデプトゥラ以上の扱いをしなくてはいけないな。だが俺みたいな騎士爵から陞爵したばかりの公爵家に出来ることはあまりない・・・・・・申し訳ないな」


心なしか公爵がしょげているように見える。

いきなり偉くなったもんだから立ち回りに少々難儀しているらしい・・・・・・俺も、その気持ちは十二分にわかる。


「・・・・・・はあ。どうして、俺なんかが神の鍵を手に入れられたんだろうって・・・・・・ことごとく思うな」


傍らに立て掛けられていた神の鍵、クリームヒルトに触れて嘆く公爵。

自己肯定感がとても薄いらしく、小さくまとまって俯いたままの彼はなんだか頼りなさげにも見えた。


「神の鍵って、それぞれになんたらの鍵ってついてるんですよね。カルロさんに聞きましたけど、確かそれって愛情の鍵だとか・・・・・・」


このままだと彼がひとりでふさぎ込んでしまいそうな気がしたので、俺は新しい話を始める。

何事も、まずは会話からだ。言葉のドッジボールでもキャッチボールでもストラックアウトでもなんでもいい、何か話をする事が大事だ。


「・・・・・・そうだ。これは、愛情の鍵・・・・・・愛を糧に力を増していく剣。例えそれが、決して叶うことがない恋から生まれただったとしてもな」


「それって、もしかして」


俺の言わんとしている言葉が口から出る前に、公爵は首を縦に振った。

思考を察しての、その行為だろう。


「呪われた剣なんだよ、これは。この剣を振るう度、心の奥から抑えきれないような愛情が溢れかえって・・・・・・たまらない気持ちになるんだ。自分の欲が怖くなるくらいどろどろで全部吐き出したいのに、でも他の女性でそれを発散する事は神様により定められた禁忌で・・・・・・どうしようもなくなって、俺は・・・・・・ずっとやりどころのない感情に惨めな思いをさせられてきた。何もかもこれに選ばれてからだ、全部、全部・・・・・・」


「・・・・・・そんな」


神の鍵は、呪われている。

絶大な力と引き換えに、多大なる苦しみを与えてくる最高にして最悪の武器。

あんな美しい顔をしておいて、なんとシャルロットさんはむごいことをしているのか・・・・・・


「・・・・・・ああ・・・・・・いくらカツノリがアデプトゥラとはいえ、喋りすぎてしまったかな。忘れてくれ、今のは馬鹿の戯れ言だ。もう話すこともない・・・・・・今日はもう、食事だけして眠ってほしい。風呂に入りたいのならそれでもいい」


大剣を背に担ぎ、公爵は執務室隣の部屋に繋がるドアをゆっくりと開く。

内装を見るに、その部屋はどうやら寝室らしい。


「君の旅路に、少しでも幸せがあるといいな。いつか迎える終わりの時に、生きてて良かったって思えるような事があってほしいと願ってるよ」


「・・・・・・ありがとうございます、公爵」


ぱたりと、静かに扉は閉じられた。

それを見て、俺も踵を返し部屋から退出する。


「・・・・・・俺には、ちと重たすぎるんじゃないかな。この話」


後ろ手で扉を閉め、背中を寄りかからせてそのまま滑るように座り込む。

電気のランプが揺れる廊下を見上げて、静かに俺は溜め息をついた。

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