第10話 手のひら返しは早い方です

「難民の受け入れとしてはレオニアン大聖堂で行っているから、またそこへ向かうための地図を渡そう。大聖堂で洗礼を受けて初めてリオン国民として認められる・・・・・・神様は慈悲深い方だから、よほどの罪でも犯してない限り大丈夫だろう」


公爵の言葉を聞いて、隣のチハヤが表情を曇らせた。

なにか後ろめたいことがあるように、静かに俯いて唇を噛む。


「チハヤ、なにか・・・・・・悪いことしたの?」


「ロンディーヌで・・・・・・いっぱい、人を」


ああ、そうだった。

不本意とはいえ兵士だったチハヤは、殺めざるを得なかったのだろう。

逆らえば自分が死ぬという恐怖に怯え、戦うしかなかった・・・・・・


「ここ最近までロンディーヌじゃあクーデタを発端にした内紛があったんだったな・・・・・・自らを守るため、やむなくしてしまったのならば神様も少しは考えてくれるだろう。そう心配はするな」


優しい笑みをもって、公爵はチハヤの為の言葉を紡ぐ。

まだ表情は暗いが、彼女は顔を上げて公爵を見つめる。


「なに、人の目利きがとてもうまいキアナが君はいい子だって言ってたんだ。神様もきっと、許してくれるさ」


「・・・・・・だってよ。胸張ってとは言わないけど、しょげないで」


「・・・・・・うん」


右手で少しだけ、チハヤの髪を撫でてやった。

滑らかな手触りが指先から伝わってきて、脳を刺激してくる。

なんだかチハヤは嬉しそうに、何も言わず俺のなでなでを楽しんでいるみたいだ。

公爵もほんのちょっぴり顔がほころんでいる。


「カツノリ、国民になれたらすぐ協会に行こうね。早く冒険したいもん」


「そうだな、早いに越したことはないだろうよ」


俺みたいな戦闘能力が著しく低い人間を受け入れてくれるのかはわからない。もし断られてしまったら鍛錬を積んでどうにかするしかないのが不安点だ。

こうなるんだったらシャルロットさんに敵を一発殴るだけで全員内臓から爆裂して死ぬなんていうスキルでもせびっときゃよかった。

まあ過ぎたことなので今できる範疇で打開するしかあるまい。チハヤに迷惑をかけることになるだろうが、それを承知でついてきてくれるのだ・・・・・・少しは我慢してくれるだろう。


「冒険者になるのなら資格をとっておいた方が有利に働くぞ。報酬が上がったり、保険金も割り増しになる・・・・・・アップ率は少ないが簡単な10級からあるしとっておいた方がいい」


「そうなんですか・・・・・・最上級となるとどんくらいあがるんですか?」


「今該当する者がいる中で最高ランクの1級冒険者だと両方1.5倍だ。そしてそれを有しているのはリオンで俺を含め3人のみ。その上にも階級があるんだが、制度が作られたときから一度も与えられた例はない。資格試験を実施している国の中ではだがな」


やはりそれほどの倍率がかかるとなると相当の実力が無ければだめなようだ。

・・・・・・というかこの人も資格持ってたのか。


「資格試験のための短期学校もあるし、受講料さえあれば基本誰でも入学できるものだから行っておいた方がいいだろう・・・・・・特にカツノリ、君は行かなければ危険だと俺は思うな」


「・・・・・・わかってますよ。例え確かにアデプトゥラとかいうものだったとしても、俺自身に戦闘能力は全然無いんですから」


魔法なんてものは一切わからないし剣も使えない、前の世界で一番身近といえた武器(?)であるバットくらいしかまともに取り回せない自信がある。


「じゃあ、チハヤちゃんの分を含めた学校の入学金も俺が振り込んでおこう。返還はしなくて大丈夫だ。あと、くれぐれも死なないようにしてほしい・・・・・・国宝にも等しい人間なんだからな。学校の校舎は聖都のリオン冒険者協会本部の隣にあるからすぐわかるはずだ」


「・・・・・・は、はあ」


なんだかわからないが入学はできるようになったらしい。目的が漠然としていた中でしばらくの行動指針ができたのはありがたい。


「やったじゃん!返さなくていいってことはお金に悩まなくていいよ!」


「確かに。金額がどうであれ助かるな」


俺らの喜びようを見て公爵はにこにことやわらかな笑みを浮かべている。

やっぱり公爵は太っ腹でいい人だ。妹さん絡みさえなければ。


「俺たちはまだここで仕事が残っているのでな。残念ながら聖都までは付き添ってやれないんだ。幸いにもここまで商品を運んでくる馬車が明日の昼頃には着く筈だから乗せていってもらうといい」


まさかまさかの移動手段まで手配してくれるとはありがたいことこの上なし。

俺は公爵に土下座でもしたほうがよいのだろうか?


「公爵さま、ありがとうございます」


「ほんとにほんとにありがとうございます、この恩は必ずどこかで・・・・・・返せると・・・・・・いいんですがね」


「ははは、別にいいんだよこれくらい。祖国違えどリオンの国民になるのなら、助けて当然というものさ」


機嫌良さそうな笑い声を上げて、公爵はそばに置いてあったお茶のようなものをひとすすり。

香ばしさも感じる華やかな香りが、あたりに漂ってくる。

ぐい、とそれを飲み干し傍らの皿へと静かに置いた彼は、少しだけ唇を舐めた。



「二人への話はこれで終わり・・・・・・これからは俺とカツノリ、二人だけの話とさせてもらおうか」


唐突にそう告げられ、俺は面食らってしまった。

なぜ二人きりで話さなければならないのだろう、チハヤにはおいそれと伝えてはいけない何かがあるのか?

でも、チハヤにはもう俺が別の世界から来たということを伝えてしまっているし、もう隠すことなど何もないはずなのだが。


「・・・・・・私がいちゃだめなの?」


「ああ。少しだけ、男同士の話といきたいんだ。申し訳ないが席を外してほしい」


公爵がそう優しく言うと、チハヤは不服そうにしながらも椅子から立って執務室を後にする。

「じゃあさっきの部屋で待ってるね」とだけ告げて帰って行くその背中は寂しそうにも思えた。

体をよじらせ彼女を見送った俺は公爵の方へと向き直り、その話とやらを聞きにいく。

それなりに重たい話なんだろうなと思って、マウンドに立つ直前のように腹をくくる・・・・・・


「・・・・・・公爵、話とは」


「・・・・・・まず、カツノリ。君はシャルルロッツ神話という話を知っているかな」


彼は机の上に並んでいたいかにも重たそうなハードカバー本の一冊を抜き取り、此方へその表紙を見せてくる。

「シャルルロッツ神話」と確かに刻まれたそれは、ただの小説というわけでもないらしい。


「いえ、知りません」


「・・・・・・そうか。じゃあ、この世界の最高神であるシャルロット・プランセス様は知っているか?」


なにやら聞き覚えのある名前が聞こえたが気のせいだろうか。

シャルロット・プランセスといえば俺をここに送り込んだ張本人というか張本神だ。

統治者とか観測者とはいったが実際そこまで偉かったとは思わなんだなどと言うと天罰が下りそうなのでやめておこう。


「・・・・・・知ってます。それに、会ったことが」


嘘をつけそうな雰囲気でもないし、何しろついたところで公爵には全てバレそうな気がしたから白状する。

その話を受け入れてくれるかは完全に考えてなかったのに気づいたが時すでに遅し。

彼は眉を顰め、その真意をはかろうと思案を巡らせているように見えた。


「神様に、会った?」


「・・・・・・ええ、信じては貰えないでしょうけど。俺は、神様に一度会ったことがあります」


こうなりゃ全開示だ。俺の出自も全部洗いざらい吐き尽くしてやる。

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