第8話 正式な仲間になりました
ブルペンは、とても静かだった。
そりゃそうだ。いつもうるさくしていたのは俺だったから。
バックスクリーンを見るにあれからもう2週間が経過しちょうどレギュラーシーズン最後の試合日。
だが、どこもかしこもお通夜モードでしかない。49日はまだだけどちょっとくらい元気出せやバカ。
「交代だ、宮し・・・・・・桝井だとよ」
「了解っす」
毎度おなじみの力水儀式を終えて、桝井さんがマウンドへと走っていく。8回はいつも俺の仕事だったから、未だに美並ブルペン捕手も言い間違えてしまうのだろう。少なくとも60回くらいは言ったはずだし。
俺がいつもいた場所にはユニフォームがかけられていて、時折鳳がそれを静かに撫でている。
そうだよな、鳳はいっつも俺と一緒だったもんな。
お前が前の球団で陰湿ないじめに遭ってこっちへ来たとき、俺が最初に話しかけてくれたからっていつまでも味方でいてくれた。俺が試合でボコボコにされても、弄ったり励ましたりしてくれた。
「・・・・・・はぁ」
14の上に手を置いて、静かにため息をつく彼の顔は今にも泣いてしまいそうなほどに悲しそうだ。
俺が弱かったばっかりにつらい思いをさせているんだろうな、ごめんなって・・・・・・最初からここは夢の中だと知っていても触れたくなる。
そんなことを思いながら俺が見えない体で突っ立っていたその時。
・・・・・・確かに、鳳の黒い虹彩ががこちらを見ていた。
「どうした鳳?」
「・・・・・・いや、なんでもないっす」
気のせいだと判断したのか、数度瞬きだけしてまた視線を前へと向ける。
・・・・・・あんな天然野郎に霊感とかあったっけ?
「さっさと奴らも、引いてほしいところなんだがな。報道するのに俺らはともかく大事な選手まで巻き込まないで欲しいよ」
「仕方ないっすよ。今のご時世何でも食い物にするしかないんでしょああいうのって。大切な仲間があんな奴らの飯の種にされるなんて僕は・・・・・・許せない」
「・・・・・・俺もそう思うよ」
ゆっくり、ゆっくり、試合が終わりに近づいていく。
俺が命を削って守った順位を、嘘だと思わないでほしい。
「・・・・・・マサ」
無意識に喉から漏れ出た声は、彼を呼ぶ声。
「・・・・・・ミヤ?」
ああ、どうしてお前に、俺の声が聞こえるんだ。
振り返った鳳の目から・・・・・・涙が一筋落ちる。
「泣くのは日本一になってからだろ、ばか」
いつもみたいに背中を叩こうと手を伸ばすけど、触れられない。
でもあいつはここにいる俺のことが見えているかのように、少しだけ微笑んでくれた。
「おーーーいーおーきーてー」
ゆさゆさ、チハヤに体を揺さぶられる俺。
夢の続きを見たかったけども、起こされちゃあ仕方がない。
もう外は星が見えるほどすっかり暗くなっていて、窓から見える景色には街の灯りもあった。
「なんか・・・・・・ふぁぁあ・・・・・・あったの?」
ぼやけた意識は頬を叩いてぶっ飛ばし、チハヤの顔を見やる。あの葉っぱが絡まったりしてぼっさぼさのとんでもない状態だった髪が綺麗に揃えられて一本に括られ、艶やかな光を放っていた。
随分と良い洗髪をしてもらったらしくチハヤはこれまでにないくらいにっこにこだ。かわいい。
「えーとね、キアナお姉ちゃんがすっごいきれいな服くれたから・・・・・・カツノリはこれ好きかなって」
「俺は結構好きだな。びしって締まった印象でかっこいいよ」
赤い髪色のポニーテールに似合う、少しタイトめな白のTシャツに革の黒いジャケットと機動力が抜群によさそうなショートパンツ・・・・・・そして靴はロングブーツとあのあどけなさを一新したスタイリッシュな様相でとてもよい。
「よかった。カツノリに気に入ってもらえて」
嬉しそうにその場で一回転するチハヤ。
ポニーテールの先端が俺の顔をひっぱたくが、なんかもうどうでもいいというか許せる。
なんだろうか、出会って一日も経ってないのにまるで娘みたいな感じがして・・・・・・ああもうかわいがりたいのなんの。
だけどあんま執拗なスキンシップもいかがなものかと思うので心の中で叫ぶだけにする。
「カツノリは服それでいいの?」
「俺はこれでいいよ・・・・・・まあ、着たい服はあるけど我慢我慢」
実際のところユニフォームがめちゃくちゃほしい。あれを着ると気分が高揚して強くなれた気がするからいざという時にあった方がいい。
でもこの世界には制服はあっても勝負服とかそういう概念があるかわからないので余裕ができたときにどこかしらへ発注すればよいだろう。
「・・・・・・そっか。カツノリはそのまんまでもかっこいいから大丈夫だよね」
「かっこいいか俺?」
「かっこいいよ。あんまむわむわしてないしさっぱりって感じで」
どうやら俺はさわやか系とのことである。前はセクシーだの老け顔だのなんだの言われていたもんだが世界違えば評価も違うということか。
なんて思っていると、チハヤがベッドに座って俺の腕を撫でてきた。少し湿った指先が俺の皮膚に触れるか触れないかの絶妙な距離感がくすぐったい。
それに加えせっけんのいい匂いが嗅球をつっついてきて、いかにも風呂上がりといった感じ。
ちょっと間違いを起こしかねないので俺は冷静を保ちにいく・・・・・・だめだぞ俺、欲望のままにわがままに生きてはいけない、我慢しろ我慢。
「・・・・・・あのさ、カツノリ・・・・・・これから、その・・・・・・」
何かを提案したそうなチハヤだが、危険なお誘い(性的な意味で)はすぐ断ろうと咄嗟に心の準備。
この世界の法律なんて知らないんだから少なくともそれがわかるまで危ないことはしたくない。
内心慌てふためきながらも外面だけは冷静に、前髪をそれっぽく人差し指で整えてみたり。
「・・・・・・何?」
「もし良かったらでいいんだけどさ、リオン拠点で冒険者みたいなの・・・・・・一緒にやらない?」
出されたその提案が危ない誘いでないことに俺は安堵し、体の力を適度に抜く。
「俺、全然戦えもしないけどいいの?神の鍵云々に関わりはあるらしいんだけどさ、球投げしか能がないよ?」
これに関しては本当にどうしようもない。鍛えるといっても使う筋肉が違う場合もあるし、それなりの年月が必要になる。野球特化の肉体を改造するってのはめんどくさい話なのだ。
逃走とかに使う足とか、より深く剣を食い込ませる腕力とか、ジャンプ力とか、スタミナとか・・・・・・俺は短期決戦型だから一気に片付けなければへばるもんですし。
「大丈夫。カツノリは私が守るから」
本当なら発言者が逆でないとおかしいのだが、あいにくとチハヤは本気で俺より強い。
多分殴り合いになったらチハヤの一蹴りでKO間違いなしなくらいには。
「・・・・・・そんくらいの覚悟があるんだったら俺は嫌って言わないけどさ」
「それ、冒険一緒にしてもいいってこと?」
「・・・・・・そうだよ」
まあ、シャルロットさんから言われたとおり、俺は方法の如何は置いといて世界を救わねばならない。
チハヤが意志をもって協力してくれるってんなら、俺は目的のためにこれを利用させていただくしかなかろう。
最初の森でトントンとかいう魔物に殺されかけたのだ。ひとりだったら多分なにもできないだろうし。
「よかった、カツノリがいいって言ってくれて。初めて上の命令で無理矢理作らされてない仲間ができた」
「・・・・・・なんにもできない不甲斐ない優男だけど、これからよろしくな」
「・・・・・・うん。よろしく、カツノリ」
右手を差し出されたので、俺は反射的に握手する。
こっちでも握手の文化はあるようで、チハヤはその意味を汲み取り嬉しそうににこにこ笑っていた。
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