第7話 この国には変わった人しかいないんですか?

チハヤが騎士さんに連行されて数分後。

廊下をこつこつと歩く誰かの足音が響いて俺の鼓膜を叩いた。


「・・・・・・あなたが、カツノリさんですね」


「はい、俺が宮下克典です」


真っ黒な髪を少し伸びたスポーツ刈りのように仕上げ、爽やかな印象を与えてくる目の前の男。

視線は優しさと鋭さが入り混じっていて、彼が相当の強者であることをひしひしと俺に伝えてきた。

青い意匠が高貴なオーラを放つ金色の大剣を背負っているところから、この人がオータムベルク公爵で間違いないだろう。


「・・・・・・確かに、カルロの言っていた通り。あなたはアデプトゥラだ」


防御のため金属板がたくさんつけられたその右手が、俺の肩を叩く。

瞬間、心臓が大きく跳ねた。


「っ、うぅ!?」


「今体の奥が反応しただろう、どくりと・・・・・・まるで誰かにそこを握られるように。それが、アデプトゥラの証だ」


なにがなんだかわからない。

視界がぐらぐらして、安定した像が結べなくなる。体が唐辛子をたんまり入れた飯でも食ったのかという程に発熱する。

思わず俺は膝からくずおれ、オータムベルク公爵の前で倒れ伏してしまった。

体にうまく、力が入らない。


「・・・・・・アデプ、トゥラって・・・・・・な、んなん・・・・・・ですか」


喉から絞り出した声。

気を緩めてしまえば意識が驫と飛んでいきそうな気がして、必死に自我をつなぎ止める。


「簡単に言えば、神の鍵の適合者。国を守りし勇士の種。発現する際の苦しみが強ければ強いほどに、絡む因果は太くなる。あなたのその様子から見れば、これは相当なものを内に秘めていると見た」


あくまで冷静に、公爵は俺の顔を覗き込んで告げる。

査定するようなその双眸が俺を見つめて、何かを掴んだのか一度立ち上がる。


「その特異な革の物か」


「あぁああ、あ”ぁ!?」


ずくん、ずくん。

俺のグラブが、金色に輝く。

ゴールデングラブとったことないのに、異世界に来て与えられるとは思わなんだ。なんて俺の中の馬鹿が呑気に言ってやがる。


「・・・・・・む」


途中で煌めきは唐突に消え、いつもの黒いグラブに戻る。

サイケデリックな視界は正常化され、綺麗なカラトゥリアン要塞の内装がしっかりと映った。

そして、異常な拍動と発熱もきれいさっぱり立ち消えた・・・・・・一体、あれはなんだったのだろうか。


「やはり、俺では駄目なのか・・・・・・クリームヒルト」


背負った剣の柄を撫でる公爵。

俺に謝ろうという素振りは全くない。


「・・・・・・バカ兄ぃ、そこで何やってんの?」


向こうからがんがんと激しい音を立て今にも床を踏み抜かんと大股で歩くさっきの女性騎士さん。

鬼神のごとき形相で公爵をねめつけ、どんとその場に仁王立ち。


「き、キアナ」


カルロさんが言ってた名前と同じだ。やっぱりこの人は公爵の妹さんで間違いない。


「この人はアデプトゥラなのよ!?兄ぃの仲間みたいなもんよ!?なのに何やってるの、出会ってすぐいじめて!父上も言ってたの覚えてないの?罪の有無に関わらず人にやさしくしろって!」


公爵の胸倉を掴んで壁に押し付けがんがん責め立てる女性騎士さんもといキアナさん。

強い、この世界の女性はとても強い。敵に回すと痛い目を見ること間違いなしだ。


「いじめてないから大丈夫だって、いやただね、少しだけ霊基を刺激してみただけで・・・・・・」


「そういうのはちゃんと言ってからやった??」


「・・・・・・言ってない」


「ほれみたことかぁ!!バカ兄ぃったらいっつも大事なところで抜けてんのどうにかしてよ!!」


もうこれでもかと公爵の体を揺するキアナさん・・・・・・なんかもう彼が脳震盪起こしかけてそうなのでやめてあげた方がいいのでは・・・・・・


「ごめんキアナ、謝るから」


「謝るならカツノリさんにして!」


ぺいっと乱雑に廊下へ倒された公爵。もう面目とかそういうものは塵になって消えたと思う。


「・・・・・・この度は、誠に申し訳ございませんでした」


「い、いや大丈夫ですってそんな!」


偶然か否か、この国でも最大限の誠意は土下座で示すらしい。

もう俺の突っ込みも追いつかなくなってきたと思う。


「家のバカ兄ぃが申し訳ありません。薬が開発されたらすぐ薬依存症にしてでもバカを治しますので・・・・・・ってどさくさ紛れに足の臭い嗅がないでよ変態!いくら神の鍵持ってても自警団に突き出して永久牢屋暮らしにするわよ!」


「えぇ・・・・・・」


オータムベルク家のキャラが濃すぎてもう思考能力がぼろかすになりそうだ。

俺はため息だけついて、その場に座り込む。


「・・・・・・具合、悪いんですか?」


「いや、ちょっと疲れただけなんです。国境あたりからここまで歩いてきただけだってのにちょっと・・・・・・」


実際、足はもう爆笑寸前の含み笑い状態。

こんなんになるんだったら春名キャプテンの海岸トレーニングに参加しておけばよかったともはやどうしようもない後悔。

プロ野球選手の前にまず人間として普通に生きられるレベルの力があるかもうわからん。いつかは魔物も倒すことになるのだし、戦えるだけの腕力や知力が足りているのか・・・・・・


「じゃあ、駐屯兵用の空き部屋だけどそこにベッドがあるからそこで休んでください。食事もあまり豪勢なものじゃないけど出せるんで、お腹すいたら言ってください・・・・・・ほら兄ぃ、ハウス!」


あなたが妹さんにもう人として見られてない気がするのは気のせいでしょうか公爵。

従順な犬のように部屋に戻った公爵を見届け、キアナさんは俺をその空き部屋まで連れて行ってくれる。

隅っこの部屋で、それなりに日の光も当たるいい場所だ。


「では、私はチハヤちゃんのほうに」


「・・・・・・よろしくお願いします」


踵を返しキアナさんは部屋から出て行った。

扉が閉じたその瞬間、俺の体から緊張感が一瞬で解け出て行く・・・・・・ああ、やっと大きな嵐を乗り切ったみたいな気分だ。

ひとりの時間がこんなにも穏やかだなんて・・・・・・


「それにしても、すごい世界だな」


丁寧にシーツの引かれていたベッドに靴を脱ぎ転がって、まっさらな天井を見ながら脳をゆるゆる働かせる。

やばい魔物がいて、それを一瞬で倒す女の子がいて、パワーで敵以外も全部ぶっ飛ばすトンデモ騎士がいて、偉いさんなのにその風格0の人がいて、兄に対してだけめちゃくちゃに当たりが強い騎士がいて。

この1日にも満たぬ時間で出会った人を並べるだけでこうも濃いものになるもんか。

日本じゃここまでやばいラインナップはないと確信できる。まあ俺のいた球団である新潟パンサーズは球界屈指のキャラ倉庫だったんだけども・・・・・・

ああ、パンサーズの仲間も芋づる式と言っちゃ何だが思い出す。


野球の実力とキャプテンとしてのあり方は誰にも負けぬ強さを持つがどうしようもないドMの春名キャップ。

セカンドに飛ばした瞬間アウトが決定するとまで言われたバケモノ(なお打撃はからっきし)な篠田雄太郎。

イケメン過ぎて女どころか男にも本気の恋させて貞操が危なかったと噂されたこともある顔面偏差値100こと金城誠。

ただのヤンキーみたいな風貌にそぐわず趣味がスイパラ巡りな扇の要、古谷慎二。

チビだから変化球で戦おうと頑張ってるけど結果破壊の神と化した野田悠斗。

優勝決定試合で9回裏二死満塁であまりに緊張し、カウント間違い二ストライクでガッツポーズした伝説の抑え桝井竜彦。

ブルペンで1球投げるだけでさっと登板するが結局マウンド上がってからストレートの四球毎回与える天然鳳龍也。


考えるとやべー奴ばっかじゃねえかとつい笑ってしまった。

まあ、俺も自分の体がやばいと知りつつ50登板して結果90登板目にマウンドで名誉の殉死を遂げた男というトンデモ野郎なわけで・・・・・・ってか俺が一番頭おかしい気がするな、どうしてだろうな。

まあ、気のせいだろってことにして、俺はしばし眠りの世界に落ちた。

どんな世界であっても、睡眠は俺にとって最高に幸せな時間である。

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