第2話 最優先事項:野球

「いきなりですが宮下様。あめつち様という方は知っておりますよね?」


シャルロットさんがその白銀の髪をかきあげ尋ねてくる。白髪とか言っちゃあだめな類だこれは、美しいがすぎる。


「ええ、なんか俺をあの花畑からただで運んでくださった方ですよね?」


あめつちさんは俺の中でもかなり強烈な記憶の残り方をした方だ。

不気味な印象しか与えない格好なのに全く嫌と思わなかった不思議な人。本当に人なのかは知らないけど。


「そうでございますね。宮下様を私のところにまで運んで頂いたのが、彼女なのです」


あ、女の人だったんだあめつちさん。声が若干低いから男女どっちか全くわかってなかった・・・・・・などと言ったら失礼だな。


「あの方が、どうかしたんですか?」

「あめつち様は・・・・・・聖選の任を受けた水先案内人なのです。役目はその名の通り、人間道のうち最も高貴な魂・・・・・・エヴァンジルたる存在を選抜すること」


エヴァンジルとやらがどういう意味を為すのか知らないが、どうやら俺はすごい人間ってことらしい。

でも俺みたいな野球以外からっきし人間の何がいいんだか。価値観の差のような何かしらがあるのだろうとは思うが。


「選ばれたのはとても光栄なんですけど、俺今から何をすればいいんでしょうか。世界一つ救って欲しいとかそういう話なんですか?」

「ご明察です」

「ふぁ!?」


無理の二文字が即脳裏に浮かび上がる。俺にこんなの絶対できる訳ないし、そもそもそういう経験は据え置きハードのRPGゲームでしかしたことない。

戦闘力ほぼ皆無のヘタレにそんなことができるわけあるまいに、何を思ってあめつちさんは選んだのだろうか。


「私の観測している世界に、一度繁栄を極めて滅びたものがあります。そこではまた人が集って12の国を作り、暮らしているのですが・・・・・・」

「・・・・・・何らかの問題が」


俺が口を挟むと、シャルロットさんはそうなのですと告げ優しく首を縦に振った。

まあ、問題がなけりゃ救ってなんてお願いもしないか。


「魔族が土地を求め、随所に侵攻を始めているのです。彼らの場所では足りなくなるほどに増えてしまった結果なのですが、人を襲って略奪行為を繰り返している上に魔族の長たる魔王がいずれ人類を滅ぼし自らの世界にしようと画策しているのです。統治者はよほどの緊急事態を除き直接の干渉を禁じられているので、私にも手が出せないということなんです・・・・・・」

「世界の均衡が崩れそうでも触れちゃ駄目なんですか」

「はい。統治者は常に観測者たれ。誰が言ったか、世界をおさめるものたちに伝わる言葉です。どちらかの種族が消えようとそれは自然の摂理。弱き者が死に強き者が生き延びる・・・・・・その因果はおいそれと変えられないんです」


なんだか統治する人たちにもそれなりの苦悩があるらしい。口を真一文字に結び悔しそうに目を伏せるシャルロットさんには俺も同情せざるを得ない。

救えるはずのものに手が出せず、そのまま指を咥えて見てるだけしか出来ないのは辛かろう。


「さすがにこれを放置するわけにもいきませんので、手段として間接的な干渉を行いたかったのです」

「なるほど・・・・・・つまり俺は世界に干渉できる唯一の外部組織になるってわけですね」

「はい。私からも精一杯の支援をさせていただきますが、何しろ宮下様が世界へ進入した瞬間私は触れなくなります・・・・・・つまり全ての判断をあなたに委ねることとなります。それでも、特命全権勇使になっていただけますでしょうか?」


なかなかに重い役割だが、俺に多分断るという選択肢はない。


何億といる人の中から俺を選んでくれたのだから、それなりに期待には応えねばなるまい。

それに、みんなのヒーローたるプロ野球選手がこれで尻尾巻いて逃げちゃ面目も立たないだろう。

深呼吸を一度して、気持ちを整える。

言うべき言の葉はただ一つ。


「俺がなります、世界を救う勇者に」


瞬間、シャルロットさんの顔に笑顔の花がにぱっと咲いた。

やっぱり、誰かの笑顔を見るのはとっても楽しくて嬉しいと感じる。


「そうと決まれば色々と準備をしましょう!あまりゆっくりとはしていられないのですよ!」


虚空から分厚いハードカバーの本を出してきてシャルロットさんがページを素早く捲る。


「まず、宮下様の体は既に荼毘にふされました。そのため新しい体を作ることになるのですが・・・・・・容姿はいかがいたしましょう?」

「元の俺そのものでお願いします」


やはり見知った自分の顔と鏡に映る自分が違うとなったらいかばかりかの心理的問題が生じかねない。

野球選手にとってメンタルは最重要ポイントなのだ、と俺はシャルロットさんに力説する。


「では、そのように再現しましょう。次に向こうでの言語なのですが、特殊な魔術を私が体に刻み込みますので、ウェルニッケ野より無意識中に直接変換され日本語に聞こえますし、話した言葉は声帯から魔力で相手へちゃんと伝わるように日本語から変換されますのでご安心を」


ぺらぺら、ページがまた大幅に捲られていく。なんかしれっととんでもない手術を俺の体にしたらしいがもうわからん。ウェルニッケ野とかなんなんですかね、俺体育以外全部5段階評価の3だったんだからわかりやすく言ってくれやい。


「そしてこの世界には科学と同時に魔法も存在していますので、いくらかの魔力保有能をスペクター・・・・・・つまり魂へ加えさせていただきます」

「・・・・・・魔法かぁ」


やっぱり男の子たるもの思い浮かべるのは炎がぶわーとか水がどばしゃーとか雷びりびりーみたいな派手な奴。

なんだか、ロマンがある。


「魔法もいいですけど、この世界に野球は」

「ないです」

「ですよね」


悪夢のような現実がそこには待っていました。

どうしようか、俺にとって野球は呼吸で、無ければ精神崩壊するレベルなのだというのに。


「じゃあ、あの向こうの世界で野球を広めてもいいですよね、そうじゃないと俺世界救う前に精神患いますって」

「・・・・・・構いませんけど、私は広めることへの扶助はなにもできませんからね」

「いいですそれで!俺に野球をやらせてください!」


なんかシャルロットさんが異常者を見る目で俺のことを眺めている。野球バカを拗らせすぎるとこうなるんです、申し訳ないです。


「ああもう時間がありません、ごめんなさいあとの説明ははしょらせてください!行ってらっしゃい!」

「え、あ、あのちょっといきなりほっぽりだされても無理なんですけどって、ええええええええええええええええ!?」


唐突に座っていた場所が地面丸ごと抜けて、俺はそのまま下に落ちてしまう。

もうシャルロットさんが変人相手に話を続けるの疲れた、みたいな感じで適当にやられたんだがそれは気のせいだろうか。

なんだか自分の中がとんでもない速度で弄られてるという漠然とした感覚だけが神経を支配する。

こんな初っぱなから不安要素たっぷりな展開で大丈夫なのかな、俺勇者になって即ご臨終とかならないかな。

クソみたいな想像しかできんままに、俺は放り出される。

もう人間の住まいなんてどっこにもなさそうな森の上に。俺の数百メートルほど下におわしますは限界まで伸びた針葉樹。

先っぽがめちゃくちゃに尖っています、勢いよくものを投げつけたら刺さりそうです。

俺・・・・・・死にましたわ。

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