勇者ですけど野球をさせろ~野球バカの異世界暴走記~

結城祐樹

第一章 始まりはくっそ唐突に

第1話 俺、過労死しました。

球場で死んで球場に骨を埋めたいと願ったのはいつのことだろう。

球場内でファンが過労死だとか監督やめろとかいう野次と、仲間がとんでもない顔して救急車だとか死ぬなとかいう声が混じり混沌とした中、俺はそう思い返していた。

ぼやけだした視界の奥で、泣いてるぶっさいくな顔。なあ宮下、宮下克典みやしたかつのり。お前はこれで終わっていいのか?なんて、同期の鳳昌直おおとりまさなおが偉そうに言ってやがる。俺より成績悪い癖に。年俸俺の半分もないくせに。


「終わりたか、なかったよ」


口が思ったように動いてくれない。慣れたグラウンドの臭いももう感じない。チームの皆が放つ声も遠くなっていく。

ようやっと担架がやってきたけど、もう手遅れだ。


「大丈夫だから、病院行こうな」

「試合、しろ、たわけ」


俺のことはいいんだ。俺一人くらいいなくなったって試合は出来るだろ。

救急車に乗っけられる大きな衝撃が全身を叩いて、脳が少し揺らいだ。


「待ってるから」


そんなこと言わないでなんて、今の俺には言えない。

もう、無理だって知ってるから。



「悔しいなあ。一回くらい日本一とか取って、最優秀選手になりたかったのにさーもー」


名前も知らない花の咲く花畑の中で、俺はいつの間にか寝ていたらしい。

すぐそばには、中国とかにありそうな向こうが見えないくらいに幅のぶっとい川がある。たぶん三途の川だと思う。

こんだけ太かったら水も魚殺害装置ばりに汚れてそうだが、そんな想像とは裏腹に底まで綺麗に透き通っていた。水の存在を一瞬忘れてしまいそうなほどにまっさらな清流が、どこに向かうんだかわからないが流れていた。


「六文銭持ってきてないや」


俺の手には渡り賃一切合切なし。あるのはボールとグラブだけ、ってなんでこんなもんがあるんだか。


「天国でも野球しろと」


神様はいろんなところをみてくださってるらしい。俺が野球しなきゃ死んじゃう星人だってこと知ってたみたい。


「舟乗りませんか~今なら無料でいいとこ行けますよ~」


なんか俺の目の前をこれ見よがしに小舟が通っていった。なんだあいつと思ってどこ行くか見てたらいきなりこっち来たし。逆走できるんだこれ。


「どうですか?行き先にお困りのようですが、この水先案内人あめつちにお任せいただけないでしょうか?」


あめつちさんという方らしいが、なんだかチームでも随一のチビ野田よりちっちゃい。163くらいか。

黒い装束に身を包み、笠で目元を隠しているのでなかなか考えが読めないタイプだ。


「俺に損なことは働かないですか」

「働くわけがございません。あなたが大罪を犯したのならば即座に地獄に堕ちてしまうので、ここへは絶対にいらっしゃらないのですし。ふふふ」


不敵に笑うあめつちさんとやら。いかんせん不安が残るが、こうしている間に川を下っていく舟を見るとご丁寧に六文の舟やら十二文の舟と金ふんだくる仕様のばっか。無料で連れて行ってくれるのはここしかないらしい。


「じゃあ、お願いできますか」

「はぁい。ご利用ありがとうございます」


あめつちさんを除いて二人くらいしか乗れそうにない舟に乗って、俺は川を下ることにした。

優しい風が頬を撫でて、通り抜けていく。近頃の本州じゃ冬の殺意を持った風が頬を刺殺でもしたいんかというほどにしばき回すからこんな風全然感じられない。


「その手袋と球、すてきですね」

「まあ、結構長いこと使ってますんで」


ずっとマウンドの上で孤独な戦いを強いられる俺に唯一寄り添ってくれるグラブと、俺の魂を込めるため百八の縫い目と煩悩を刻み込んだボールだ。それなりに思いはある。


「その二つには、あなたの魂とつながる何かがありますね。因果とでもいいますか、あなたとともにあるべきだと約束されたものなのでしょう。大切になさってください」

「は、はい」


暖かい光に当たって滑らかに輝いている使い慣れた黒のグラブと、投げる前でまっさらな公式のボール。

その二つを抱きしめてみると、ほんのりあたたかい気持ちになった。


「あめつちほしそら、やまかはみねたに、くもきりむろこけ、ひといぬうへすゑ、ゆわさるおふせよ、えのえをなれゐて」

「・・・・・・何の歌ですか?」


「私の歌、ではなくあめつちのうたでございます。昔々にどこかの学者サマがいらっしゃったとき教えてくださりまして。いつの間にか染み着いてしまった口癖のようなものですね。ふふふ」


機嫌よく笑うあめつちさんが清流をかき分けて進む舟。甘いけど爽やかな花のにおいが鼻をくすぐる。

俺はどこに行くのだろう。場所もなにも知らないまま進むだけ。

また生まれ変われるのかな、また野球ができるのかな。不確定な未来を妄想しながら、ゆったりと時の流れと水の流れに身を任せる。


「ねむい」


こんな春の陽気なんて久しぶりに感じた。生きてたときは花粉症で桜の景色は涙にまみれ飯の味は鼻水で全然わからん、挙げ句の果てに点鼻薬で毎回むせかえるとかいう地獄の季節だったし。


「ご自由にお休みなさいませ。私は何も手出しいたしませんので」

「じゃ、お言葉に甘えて」


意識がまどろみの中に溶けていく。いつだって、眠ることは幸せなことなのだ。



「人多くね」


家族だけの葬式にしなかったのか、球団の人らがもう大半を占めるレベルでいる。

無論その中には俺のチームメイトもいて、泣いたり静かに念仏聞いてたり寝たりと様々な振る舞い。てか結構堂々としたかっこで寝てる奴今からでも祟るぞぼけ。


「宮下・・・・・・ごめんな。俺らが、打てなかったせいで」


主将の春名翔吾はるなしょうごがぼろぼろに泣いてる。今まであんな姿見たことがなかった。いつも誰かのために頑張って、無理に笑って自分に嘘までついて。

去年のことだっただろうか。優勝争いの中俺が打たれて2点差をひっくり返された試合、春名さんがグランドスラム打ってチャラにしてくれたんだよ。

俺あんとき初めて試合で泣いた。その上春名さんの背骨へし折るくらいの力で抱きしめたし。


「みんなは悪くないのにな。俺が張り切りすぎて途中で自爆しただけだってのに」


皆を勝たせるためならちょっとくらい無理しても大丈夫だって自分の靱帯とか心臓を過信してた。

でも、俺はそんな強くなかったんだ。


「ごめんって言うのは、俺の方だよ」


聞こえもしない声をかけたって無駄なだけだけど、どうしても言いたかったんだ。皆が後悔しないように、俺がいなくたって進んでいけるように。まあ、俺はそこまですごい人間じゃないけどもね。

なんとなく外に出てみるとそこには山盛りのカメラ。せいぜい過労死した俺を飯の種にしようとでももくろんでいるっぽいがそうは問屋が卸さない。めっちゃくちゃに邪魔してやろ。

カメラの前に立ってまず飾ってあった花を一本拝借し思いっきり変な踊りを繰り出してやった。一瞬で驚愕と恐怖に染まる奴らが面白くてたまんない。めっちゃ撮られるけど好都合だ。目立ちたがり屋の俺を撮れ撮れ、撮りまくれ!


「うわぁああぁああ!?!?」


写真を確認したらしい奴が叫んだ。恐らくめっちゃ変な感じで俺が映ってるはず。


「宮下の怨霊だああああうわああああああ!!!」


はいそうです私が怨霊宮下克典ちゃん、享年28歳でございますよってうるせえよ。まあしばらくの間のおもちゃができたし遊び倒してやろうかなぁ・・・・・・



「はっ!?」


気がつくとそこは真っ暗闇。さっきまでの光景は幻夢だったようだ。つまり安定の夢オチ、デウスエクスマキナさんでございます。


「なんだつまんねーのー」


どうせならもうちょっと暴れ倒してやりたかった。もったいないことしたわ。


「・・・・・・あの」

「なんでしょ、てか誰ですか」


なんかいきなり眼前に現れもうしたのは髪トラブルなんて全く持ってなさそうな銀髪が腰のところまで伸びる美人な女性。

年は成人したか否か、というくらいだろうか。とにかく若々しい。

白磁のような肌はとてつもなくきめ細やかで、まるで雪化粧をしたかのような美しさ。

つぶらな双眸は青色に輝いていて、鼻梁を初めとしたラインもなかなか美しい。その上に体はもう世の男性だいたい魅了できそうな豊かなナイスバディー・・・・・・最高では?


「私、ある世界の統治者のような存在でして、名前をシャルロット・プランセスと言います。どうぞお見知りおきを」

「宮下克典です・・・・・・えーよろしくお願いします」


世界の統治者ということは神みたいなものなのだろうけど、適切な話し方がわからない。まあそらそうだろう、人の理を超えた存在と会話なんて滅多なことじゃしないから。

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