第5話「社長の息子はだいたいバカ息子」

 翌朝も、私は仕事に出掛けた。

 家と会社を往復する毎日──。

 それが人間社会に溶け込んだ、私のライフワークとなっていた。


 仕事場に到着すると、部長の座席の周りに人だかりが出来ているのが目に入る。

 私は我関せずと、自分のデスクに向かった。

 くわえてきた荷物を置いて椅子の上に座ると、親切にも隣の席の先輩が自分の仕事を中断して話しかけて来た。

「久里浜の奴が来てるぜ」

 そう言って、先輩が指差したのは人だかりの中心であった。私もそちらに視線を向ける。


 人間の年齢というものは見た目には判別するのも難しいが、恐らくそこに居た男は二十代前半といったところだろう。中肉中背の小太り体型であるが、つやのあるオシャレなスーツを着こなしている。

──そんな男が、部長の椅子に座って、女子社員たちと楽しそうに談笑していた。

「いやぁ、ハハハハ……!」

 オフィスの中に彼——久里浜の馬鹿でかい笑い声が響き渡る。

 デスクに向かいパソコン作業や書類に目を向けている同僚たちは、仕事がやりにくそうに顔を曇らせている。

「何だよ。邪魔だなぁ、あいつ……。早く、帰ってくれねぇかなぁ……」

 先輩が心底苛立ったように舌打ちをする。

 確かに、仕事をしている側からすれば、あの大きな笑い声は気が散って仕方がないだろう。

 そんな先輩の怨念が久里浜に通じたのか、不意に久里浜は席を立ってこちらに手を振ってきた。

「やぁ、君たち、ご苦労。朝から精が出るじゃないか」

「ええ。お陰様で……」

 先輩がぶっきらぼうに返すと、久里浜はそれがしゃくに触ったようでフンと鼻を鳴らした。

「あんまり、僕にふざけた態度を取らない方がいいよ。僕はこの会社の社長になる身分なんだからねぇー」

 久里浜の言葉に、先輩はきょとんと目を丸くした。

「えっとぉ……、それはどういうことでしょうかねぇ?」

 先輩は目をぱちくりまばたかせ、何を言っているんだと言わんばかりに首を傾げる。

「パパに前々から言われてたんだよ。この会社を継いでくれってさ。あんまりせがまれるから、仕方ないけど受けることにしたのさ」

 ケラケラと笑いながら久里浜は自慢気に笑っていた。それに対して先輩は不快そうに顔をしかめている。


 人間の会社組織というものに余り詳しくはないが、私が所属している群れを『会社』と言い、それを総括するボスが『社長』というらしい。

 その群れのボスの息子がこの久里浜という男だ。

 父君である社長が、世襲せしゅうによって久里浜に群れのリーダーを引き継ごうとしているらしい。


「失礼なことをしたら、すぐクビにしてやるからな。一応、君はリストラ候補に入れておくよ」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ〜。やだなぁ、自分、何も言ってないじゃないっすか〜」

 取り繕うように、手の平返しをした先輩はアハハと愛想笑いを浮かべる。

「まぁ、次から気を付けるようにね。……君が何をしたかが問題じゃない。僕がどう感じるかが問題なんだからさぁ。せいぜい気を使ってくれたまえ」

 久里浜は先輩の肩を気安くポンポン叩く。

 そして、再び女子社員の輪の中に戻っていった。

「くぅ〜っ!」と、先輩は唇を噛みながら久里浜の背中を悔しそうに見詰める。

 久里浜が声の届かない距離まで去ると、先輩は豪快に舌打ちをしたものだ。

「ちっ! 何だよ、あいつ。偉そうに!」


 私といえば、我関せずといった具合にキーボードを前脚でカチャカチャと押していた。

『ioj』

『rerwf』

 それになんの意味があるのか分からなかったが、黙々と作業に取り組んでいた。

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