第4話「仕事が終われば家に帰る」

 帰省本能という奴であろう。

 仕事を終えた私は、コンクリートジャングルの中を真っ直ぐに自宅へと帰った。

 前脚でトコトコと玄関の扉を叩くと、妻のあいがドアを開けて出迎えてくれた。

「お帰りなさい」

 家の中に入ると、愛は私の背広や外靴を脱がしてくれた。


 私と愛は大学来からの付き合いである。たまたまゼミが同じになって打ち解け、デートを重ねていく内に親密になった。籍を入れ、今では子どもも一人居る。

 勿論、愛は私とは違って普通の人間の女性だ。


「今日もお疲れでしょう? ご飯の用意、出来ているわよ」

 愛が好意的な笑みを浮かべてきた。

 奥から味噌の良い香りがしてきたので、食事の準備が出来ているということが伺えた。

 愛は私を抱き上げ、居間へと連れて行ってくれた。


 娘のそらが、テレビ画面を食い入るように見ながらカチカチとコントローラーを動かしている。キャラクターを動かし、次々に迫り来るモンスターを剣でぎ倒していっている。──所謂いわゆる、アクションゲームに熱中しているようだ。

 私たちの気配に気付いて空が「お帰り〜」と振り向く。そして、私たちの顔を見るなり、ゲェッと舌を出した。

年甲斐としがいもなく、何を恥ずかしいことしてるのよ!」

 娘からしたら、私が抱っこされている姿を見るのも嫌なのだろう。

「もう、何よ!」

 愛が恥ずかしそうに頬を赤らめる。

 私も、空に対して──別にそういうつもりじゃない、と抗議の声を上げたものだ。

「ふ〜ん……。そうなんだぁ……」

 娘が目を細め、疑いの眼差しを向けてくる。

 そんな風に見られたところで、返す言葉もない。


 ところで、不思議なことに、血の繋がりがあるからであろうか──私と空はお互いに意思疎通ができていた。

 私には、愛の言葉は理解出来ない。

──ただ、愛と同じ言語を使う、空の言葉だけは自然と理解出来ていた。

 まぁ、空には、そのことに自覚はないようだ。私と愛が、普通にコミュニケーションが取れているものと思っているらしい。


 愛は話を逸らすかのように、私たちに言った。

「ほら、ご飯出来てるわよ。お父さんも食べるから、ゲームばっかりやってないで、あなたも食べなさい!」

「はいはい」

 空は面倒臭そうにぶっきらぼうに返事をすると、データをセーブし始めた。


 私が椅子に座ると、後からゲームの電源を切り終えた空もやって来て、テーブルを挟んだ向かい側の席に座った。

 愛は箸を持つと、器用に茶碗のご飯をつまんで口に運んだ。

 私はそんな動作がまどろっこしく思えて、皿に置かれたステーキ肉にかぶりついた。

 ふと、顔を上げると、空からジーッと冷ややかな視線を向けられていた。

「父さん、お行儀悪いのな……」

 愛の言葉は理解できたが、言っている内容までは良く分からなかった。

──お行儀?

 それは、生きていくために必要なことなのか?

「こら、空! いくらお父さんが優しくて何も言い返さないからって、失礼なことを言うんじゃありません!」

「はいはい」

 愛にたしなめられ、空は笑いながら手を振った。


──何とも幸せなひと時であろう。

 人間だとか犬だとか、そんな種族の違いやへだたりなど一切感じられない。

 私にとって家族と過ごすこの団欒だんらんは、幸福で掛け替えのないものであった。

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