第3話「優しい先輩は親身に教えてくれる」
私は会社から割り当てられている自分のデスクへと戻った。
マーキングをしてあるので、ここが会社内での私の唯一の縄張りであることは匂いですぐに分かった。
椅子にちょこんと座り、舌を出しながらハァハァ息を吐く。
隣りのデスクの男──先輩が、口元に手を当てながらこっそりと話し掛けてきた。
「部長かなりお冠みたいだったね。大変だったな」
私は適当に頷いて相槌を打った。
何を言われているのかは、サッパリ分からない。
「何を叱られたんだ? ちょっと、見せてみろよ」
そう言うなり、先輩は私が持ち帰ってきた部長に訂正された書類の紙を手に取った。
そうして、紙を読みながらふんふんと頷く。
「ああ、なるほどね」と男は部長の意図を汲んだようである。
そうして、自分のデスクにあるパソコン画面に向き直ると「データは、共有フォルダにあるんだよなぁ?」と私に尋ねつつ、マウスをカチカチと操った。
「ここ、が。こうして、こうな」
そう言いながら一つ一つ、部長が赤ペンで訂正した紙を見ながら、文章のデータを直していく。
──男がキーボードの『1』を押すと、画面に『1』という文字が浮かぶ。
「押してみろよ」
先輩がキーボードを押すので、私は機器の上に前足をついた。
『12we3……』
「色んなところ、押し過ぎだよ」
先輩が苦笑いを浮かべる。
「まぁ、ゆっくりやるといいさ。部長の機嫌も治ったみたいだしな」
そう言いながら、先輩は部長のデスクに目を向けている。
部長は女子社員に囲まれて、ニタニタと笑みを浮かべていた。
私は先輩に言われた通りに、キーボードを何度も前脚で黙々と踏み付けた。
『w21』
『sqw1』
どうにも、調整が難しい。
「おいおい! 自分のデスクでやってくれよ!」
先輩のパソコンに向かって没頭する私に、先輩は呆れたように言ったのだった。
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