第2話「ガミガミ部長は今日もガミガミ」

「おーい、シゲル。部長が呼んでたぜ!」

 会社のオフィス──。

 デスクで仕事をしていた私の元に、ワイシャツの袖をまくった青年が近付いて来る。彼は私より先にこの会社で働いている先輩社員だ。

 私は単純に、この先輩社員が発した言葉の意味が分からず首を傾げていた。

 そもそも、先輩が発した言葉が私に向けられたものかどうか判別することすら、私には難しかった。

「早く行ってやった方がいいぜ。かなり、お冠のようだ」

 なおも、先輩はしつこく声を掛けてきた。私に用があるのだろうと、推察した。

 先輩は、窓辺のデスクを指差す。そこは、頭の薄い人間の男が仕事をしている場所だ。このオフィスでの取りまとめである部長の席があるところである。

 もしかしたら、そこへ行けということなのだろうか。

 とりあえず、私は部長のデスクへと向かった。


「やっと来たかシゲル! いつまで待たせるつもりだ!」

 部長は顔を真っ赤にして、私を見るなり声を荒げた。

──怒鳴っている? いいや、もしかしたら歌っているのかもしれない。

 口調から感情を読み取るというのはなかなか難しいが、声の大きさからして部長が怒っていることは明らかだ。テーブルに書類をバンと叩き付けていることからも、苛立っていることが伺える。

 別にどこの縄張りを奪い合っている訳でもないのに、この人は何をこんなにも怒っているのだろう──?

 意思疎通が図れない分、申し訳無さや怒りよりも、そんな部長の態度が滑稽こっけいに見えて可笑おかしさが込み上げてきてしまう。


 部長は私に対してガミガミと怒鳴ってきた。

 どうやら歌っているのではないようだ。私を威圧しているつもりらしい。

「提出された書類の数値が、どれもメチャクチャじゃないか。あれほど確認しろと言ったのに!」

 部長の言語は理解できなかったが、私も長い人間生活の中で培ってきたこともあった。もしも、相手がこの様に目くじらを立てて怒鳴ってきたら──こんな時には、頭を下げれば社会生活では丸く解決するものである。

 私はこれまでの生活から、自然とそんなことを学習していた。

 だから、そのことに倣ってペコペコと頭を下げた。

「……まぁ、反省しているなら仕方ない。次からはよく見直すようにな」

 例によって、部長の威勢がおさまる。


 部長がパソコンのモニターを動かして、画面を私に向けてきた。私にそれを見せながら、マウスとキーボードを操作する。

「ここを……、こうして、こうだ」

 カチャカチャと、指を動かしながら画面の数値を変えていく。


 部長はもう怒ってはいなかった。それどころか、フッと口の端を歪ませている。

 これは、『喜び』という感情の表れなのだろう。

 どうやら私は、部長を喜ばせることができたようだ。

 私も同調して、口角を吊り上げた。

 すると、「ふざけてるのかっ!」と部長が声を上げてきたので、私はビクリと肩を震わせた。

 私の軽はずみな態度で、再び部長は機嫌を損ねてしまったらしい。

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