【後日談】その後の狂想曲──初めてのクリスマス──

 入籍から1週間後にギプスをつけた状態で職場復帰した潤さんは、休職中の部署での業務を把握することに加え、玲司くんの退職に向けての引き継ぎや、自分自身の年度末での退職に向けての準備で多忙な日々を送っている。

 年内いっぱいで退職する玲司くんに続いて、課長の潤さんまでもが年度末で退職することになり、おまけに翌月から伊藤くんが秘書課に異動することが決まって、3人もの成績優秀者を失う営業二課は、若い社員の教育にてんてこ舞いだ。


 私と結婚したことは潤さん本人の休職中に社内に知れ渡っていたので、復帰するなりお祝いの言葉や結婚祝いの品物を数多く受け取り、それからは隠す必要もなくなったので、昼休みには社員食堂で一緒に昼食を取るようになった。

 ラッキープリンを運良くゲットできたときは、二人並んで仲良くプリンを食べる。

 それにより『三島課長が佐野主任にプリンを断られてフラれたなんて嘘じゃないか!』と、また新たな噂がたち、ラッキープリンのジンクスは『ラッキープリンには三度目の正直がある』と形を変えて継続中だ。



 伊藤くんと葉月は、私たちが入籍した次の日の昼休みに二人で役所に出向き、婚姻届を提出して夫婦になった。

 その日の仕事が終わるなり、葉月はみんなの見ている前で『好きや!付きうてくれ!』と浜さんに言い寄られ、キッパリ断ろうとしたそうだけど、伊藤くんが身を盾にして葉月をかばい、『葉月は俺の妻です。絶対に渡す気はありませんのであきらめてください』と啖呵を切ったそうだ。

 職場中の注目を集め、葉月が真っ赤になって絶句したのは言うまでもない。



 玲司くんは例によって、結婚したことを自ら職場のみんなに話さなかったそうだけど、女子社員の間では玲司くんが左手の薬指に指輪をしていることが話題になっていて、10日ほど経ってようやく、二課の女子の中で一番入社歴の長い先輩が代表して、『もしかして結婚したの?』と尋ねたらしい。

 聞かれなければ話さないけれど、尋ねられれば答えるスタンスの玲司くんは、あっさりと結婚の事実を認め、養子に入って名字が変わったことや、年内いっぱいで退職して、年明けからはあちらの会社に就職することも明かし、二課だけでなく社内の全女子を泣かせたようだ。



 私も潤さんもクリスマスの数日前にはなんとかギプスが外れ、まだリハビリが必要ではあるけれど、ようやく身軽な生活を取り戻した。

 クリスマスイブの前日には、結婚のお祝いとクリスマスを兼ねて、みんながいつものように我が家で集まり、いつものメンバーに里美さんが加わって、3組の新婚夫婦がそろって初めてのパーティーを開いた。

 怪我をしていたときはみんなにお世話になったので、私と潤さんはおそろいのエプロンをして、感謝の気持ちを込めてたくさんの料理とケーキを作った。

 玲司くんは里美さんが一緒だと、いつもより穏やかで優しい表情をしてよく笑うことがわかった。

 葉月は相変わらずの面白さでみんなを笑わせ、伊藤くんの葉月愛には拍車がかかり、何度も葉月を赤面させた。

 パーティーの最後には、それぞれに用意して持ち寄ったプレゼント交換をした。私には葉月が用意したタコ焼き器が当たり、潤さんにも玲司くんが用意したタコ焼き器が当たった。

 偶然にも夫婦で同じものを引き当てたときには驚いたけれど、これで我が家にはタコ焼き器が2台常備されることとなり、いつでもみんなでタコ焼きパーティーができるようになった。



 そして潤さんと一緒に過ごす初めてのクリスマスイブは、玲司くんからもらったニットのワンピースを着て、二人で伊藤くんからもらったおそろいのマフラーを巻いてシーサイドガーデンに行った。

 前に行ったときはまだちゃんと付き合う前だったから、これがお互いの気持ちを伝え合ってから初めてのデートだ。

 ギプスが取れたところなので無理をせず、ドライブがてら車に乗って行き、ペアシートで寄り添い手を繋いで映画を観た。前は泥沼みたいな後味の悪い映画だったから、今度は切ないあとに幸せな気分に浸れるハッピーエンドのラブストーリーを選んだ。

 映画のあと、カフェでお茶を飲んで潤さんにクリスマスプレゼントを渡した。

 潤さんはずいぶん年季の入ったブランド物のキーケースを使っていて、最近よく『そろそろキーケースを買い換えないと』と言っていたので、同じブランドのキーケースを探してプレゼントするととても喜んでくれて、早速その場で新しいキーケースに鍵を付け替えた。

 それから海沿いをゆっくり散歩して、海辺の夜景がきれいなあのレストランでディナーを楽しんだ。夫婦になって一緒に食べたカップル限定のクリスマス特別デザートのブッシュ・ド・ノエルは、優しい甘さでとても美味しかった。


 帰り際、車に乗ってシートベルトをしめようとしたとき、潤さんが私に細長い箱を差し出した。

 いつの間に用意したのか、箱の中にはダイヤのネックレスが入っていた。

 潤さんはネックレスを手に取り、私の首につけて唇にそっとキスをした。

 前のデートの帰り道で公園に寄ったとき、好きだと言ってキスしてそのまま奪ってしまおうかと思ったけれど、そのタイミングで仕事の電話がかかってきて我に返り思いとどまったそうだ。

 夫婦になってやっとデートの終わりのキスができたと、潤さんは照れくさそうに笑った。


 もしあのとき潤さんにキスをされていたとしても、私はきっといやな気持ちにはならなかったと思う。

 キスが未遂に終わったにもかかわらず、私はあの日から甘くて優しい潤さんに惹かれ、ずっとドキドキさせられて、気がつけば潤さんを想うだけで胸がしめつけられるほどの深い恋に落ちていたのだから。




 ─END─


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社内恋愛狂想曲 櫻井 音衣 @naynay

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