愛とロマンの日曜日 ③

 手に取って立ち上がり体にあてがってみると、ちょうど膝が隠れるくらいの丈で、ニットワンピースにありがちな胸を強調するようなピチピチ感はなく、女性らしいラインを損なわない程度にゆったりしている。襟元に結ばれたタグにはカシミアのマークが入っていた。

 私はこんな高級ブランドの服は買ったことがないけれど、その手触りの良さから、かなりお高いものであることがうかがえる。

 ニットのワンピースには若くてかわいいスタイル抜群の女子が着るイメージがあったので、今まで着たことも買ったこともないけれど、これならアラサーの私でも臆することなく着られそうだ。


「見て、潤さん。素敵だと思わない?」


 ニットのワンピースを体にあてがって見せると、潤さんは小さくうなずいた。


「うん……いいと思う……」


 さっきまで何を見せても「似合う」とか「かわいい」と大絶賛してくれていたのに、なんだかとっても反応が薄い。それに気のせいか目が泳いでいるような……。

 あまりにも高級すぎて私には似合わないと思っているけど、さすがに面と向かっては言えないとか?もしそうだとしたら残念だなと思いつつ、もうひとつの箱を開ける。

 箱の中には黒とワインレッドの、ペアのエプロンが入っていた。


「あっ、エプロンだね。これもおそろいなんだ」


 私も潤さんも料理をするし、これから結婚する私たちにとっては、常識的で良心的なプレゼントだ。

 どちらも他人に見られて困るような変なものではなかったし、むしろとてもいいものだったのに、二人きりのときに開ける必要なんてあっただろうか?

 エプロンをよく見ようと思って箱から取り出そうとしたとき、その下にまだ何か入っていることに気付いた。


「ん?なんだろう、まだ何か入ってるみたいだけど……」


 不思議に思いながらペアのエプロンを取り出してみると、今度は白い襟のついた紺色のワンピースが入っていた。胸元はヒダのついた白い生地で丸く型どられ、袖口も白い生地でしぼられていて、どちらにも紺色の小さなくるみボタンがいくつもついている。

 私にはあまり似合いそうにないけれど、フォーマルな席に着て行けるようにということだろうか?

 不思議に思いながら、紺色のワンピースを箱から引っ張り出して我が目を疑う。


「……またエプロン?なんで?」


 おかしなことに、先ほどのペアのエプロンとはまったく違うデザインの真っ白なエプロンが入っていた。

 なんとなくいやな予感がして、箱から出してよく見てみると、腰の下辺りにはふたつの大きなポケットがついていて、紐を後ろで結ぶと大きなリボンになり、胸元や肩、裾にはフリルがたっぷりとついている。

 これはいわゆる、新妻風……?いや、若奥様風と言うべきか。アニメの萌えキャラみたいなかわいい若奥様がつけていそうな、だけど実際に見るのは初めての、フリフリのエプロンだ。

 なんなの、これ……?なんの羞恥プレイ……?

 若くもかわいくもないアラサーの私に、このエプロンを着けて『お帰りなさいませ、ご主人様♡』とか言って潤さんを出迎えろとでも……?

 いや、それだとメイドさんみたいだから、新妻なら『お帰りなさい、あなた♡』の方が正しいのか?

 まさか『裸エプロンは男のロマンだ!』なんて、バカげたことは言わないよね?

 そんなことを考えながら、到底私には似合いそうもない、かわいすぎるフリフリエプロンを紺色のワンピースの上に置いて凝視していると、さっきから潤さんが一言も発していないことに気が付いた。

 どうしたのだろうと思って視線を向けて見ると、潤さんは思いきりうつむいて右手で額を押さえている。


「潤さん……どうかしたの?具合でも悪い?」

「いや、なんでもない……けど……それ、もしかして……」

「ああ、これ?瀧内くんがくれたんだけど、さすがにこのエプロンは私にはかわいすぎるよね。でも潤さんと二人きりのときに開けてって言われて……なんでだろう?」

「さあ……なんでだろう……」


 潤さんはコーヒーをガブガブ飲んで、大きく息をつく。明らかに様子がおかしい。


「潤さん、何か隠してる?」

「いや、隠してない」


 そう言いつつも潤さんは私と目を合わせようとはせず、ソワソワして目を泳がせ、瀧内くんからのプレゼントと私を交互に見ている。何も隠していないと言う態度ではない。

 やっぱり、私には似合わないと言おうかどうしようか迷っているんだろうか。似合わないならハッキリとそう言ってくれればいいのに。


「何か言いにくいことでも?」

「えっ?」


 私はニットのワンピースを手に取り、突き出すようにして潤さんに見せる。


「だって潤さん、さっきからおかしいもん。こんなに素敵なワンピースもらったのに、合わせて見せても適当な返事しかしてくれなかったし……。遠慮しないでハッキリ言ってくれたらいいのに。『志織には全然似合わない』って」


 私が少し拗ねた口調でそう言うと、潤さんは慌てて首を横に振った。


「違うよ!そんなことまったく思ってないから!」

「じゃあどうしてさっきから…………ん?」


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