愛とロマンの日曜日 ④

 無造作に床に広げた紺色のワンピースの上に、フリフリエプロンを置いた状態を少し遠目に見て、私は気付いてしまった。

 紺色のワンピースを丁寧に広げ、その上にフリフリエプロンを重ね合わせる。これはもしかして……。


「ねぇ潤さん……。こうすると、メイドさんの制服に見えない……?」

「……気のせいじゃないかな……」

「気のせいじゃなくない……?どう見てもこれはメイドのコスプレ…………あっ……!」


 ここに来てようやく、瀧内くんが『二人きりのときに開けて』と言った意図がわかった。

 買い物に行くことになったとき、葉月は『めっちゃかわいい服選んで三島課長喜ばせたろ!』と言った。つまりあれか、メイドのコスプレをして潤さんを喜ばせろと、そういうことか!


「潤さん……つかぬことをおうかがいしますが」

「はい……なんでしょうか……」

「潤さんって……メイド服が好きなの……?」


 おそるおそる尋ねると、潤さんは目を見開いて、首がもげるんじゃないかと心配になるほど、何度も大きく首を横に振った。


「それはない、断じてない!」

「じゃあこれは……?」


 私が真顔でメイド服もどきを指さすと、潤さんは慌てて私の両肩をつかむ。


「メイド服が好きだって言ったのは俺じゃないよ!俺はただ、デートのときにニットのワンピースを着て欲しいって……!」

「……言ったのね?」

「あ……いや、言ったような、言ってないような……」


 潤さんは曖昧に言葉を濁して、また目を泳がせる。


「言ったのね?」


 語気を強めてそう言うと観念したのか、潤さんはゆっくりとうなずいた。


「はい……言いました……」

「いつ、誰に?」

「志織に婚約者になってくれって言うより少し前……。営業部の男ばっかりの飲み会で……」

「そこんとこ詳しく」


 よく話を聞いてみると、男ばかりの飲み会の席で、ある部下が『今年のクリスマスは彼女にミニスカートのサンタコスをして欲しい』と言い出したと潤さんは言った。

 そこから『彼女にして欲しいコスプレは何か?』と言う話になり、お酒が入って調子に乗った部下たちが、ナースだとかメイドだとか裸エプロンだとか、よくある『男のロマン』を語りだしたらしい。潤さんはそれを黙って聞いていたそうだけど、部下のひとりが潤さんにも意見を求めてきたそうだ。

 数日前にゆうこさんへの誕生日プレゼントを買いに行くと言う瀧内くんの付き合いでブランドショップを訪れたときに、まだ汗ばむ陽気の日もあるのに少し気の早い冬物が展示されていて、そこで見かけたニットのワンピースを思い出したと潤さんは言った。


「『コスプレにはあんまり興味はないけど、着て欲しいのはニットのワンピースかな』って言ったんだよ。『もし好きな子がデートのときに着て来てくれたらめちゃくちゃテンション上がると思う』って。そうしたら……」

「したら?」

「俺は純粋に、志織が着たらきっとかわいいだろうなと思って言っただけなのに、ニットのワンピースは胸が目立ってエロイとか、脱がせやすいのがいいとか誰かが言い出して……。そんな意味じゃないって否定したけど、聞いてもらえなかった」


 なるほど、潤さんは何気ない一言のせいで、部下たちから『好きな子のニットワンピース姿に欲情する男』認定をされてしまったわけだ。


「でも飲み会の1週間後くらいに店の前を通りかかったら、そのワンピースはなかったんだよなぁ……。もう売れたんだなと思ってたんだけど、一点物らしいし、もしかしたら玲司が取り置きしてたのかも……。あいつ、あの店の店長と友達だし、上客だから」


 もし潤さんの憶測通りだとすると、瀧内くんは寒くなったら何かしらの理由を付けて私にこのニットのワンピースを着せ、潤さんとデートさせるつもりだったのかも知れない。

 これが本当のことなら、どこまで先を見据えていたんだと思う。


「あと、『好きな子がエプロンして手料理を用意して出迎えてくれたら嬉しいだろうな』って言ったら、『男ならみんな憧れますよね!一度くらいはかわいい彼女に裸エプロンして欲しいっす!』って誰かが言い出して……。それも否定したけど、やっぱり聞いてもらえなかった」


 潤さんが望んでいたかどうかは別として、私が心の中で一度は否定した『裸エプロンは男のロマン』説は、あながち間違ってはいなかったようだ。

 しかし営業部の若い男たちは、女性のいない飲み会ではこんなバカなことばかり言っているんだろうか?


「じゃあ……メイド服は?」

「それはみんなが……。一度は彼女にメイド服のコスプレをして欲しいって。話のネタに何人かでメイド喫茶に行ったら全員めちゃくちゃ萌えたから、きっと俺もハマるだろうって……」

「ちなみにそこに瀧内くんもいた?」

「玲司も志岐もいたよ」


 つまり潤さんは、完全に瀧内くんにおちょくられていると、そう捉えていいだろうか?

 男のロマンがぎっしり詰まった箱を二人きりのときに開ければ、潤さんが嬉々として着せ替え人形の如く私にコスプレをさせて欲情するとでも思ったに違いない。

 自制しろと何度も念を押したのは瀧内くんなのに、率先して潤さんの欲情を煽ってどうするつもりだ!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る