縁は異なもの味なもの ⑬

 二人で相談していたこととはまったく違う段取りになってしまったけれど、とにもかくにも、私と潤さんは結婚することになった。

 潤さんのお父さんは心底嬉しそうに笑って、父の手をしっかりと握る。


「嬉しいなぁ、サクちゃんの娘さんがうちの息子のお嫁さんになってくれるなんて。これからは身内としてよろしく頼むよ」

「こちらこそ、親子共々よろしく。でもイチ、次は『子どもはまだか』とか言って、あんまり志織を急かさないでやってくれよ。子どもは授かり物なんだから」


 たしかに言いそうだ……。もし私が妊娠したら、3日と経たないうちにベビー服なんか買ってきそう……。

 一人目を産んだ直後に、『次は二人目だな!』なんて言ったりして……。しかしそこは父になんとか抑えてもらおう。

 私と潤さんが結婚することになって、父は仲の良かった友人と再会して身内になるのだから、縁というのは本当に不思議なものだと思う。


「それじゃあ話もまとまったことだし、少し早いけど夕飯にしましょうか。食事しながら、これからのこともゆっくり話しましょう」



 それからみんなで母の用意してくれた夕飯を食べた。

 今日の献立は、鶏の照り焼き、里芋の煮付け、小松菜のごま和え、ワカメと豆腐と玉ねぎの味噌汁。ビックリするほど普段通りの夕飯だ。

 里芋の煮付けは父の大好物で、鶏の照り焼きは私たち兄妹の子どもの頃の大好物だった。

 普通の家庭料理が好きだと言う潤さんのお父さんは、母の料理を美味しそうに食べながら、「サクちゃんは昔から里芋の煮付けが好きだったね」と懐かしそうに言う。

 潤さんは母の作った味噌汁の味が、私の作った味噌汁とよく似ていると言った。母に教えてもらったと私が言うと、潤さんは納得したようだ。

 ゆうこさんは食事の前にお茶菓子をあれだけ食べていたにもかかわらず、よほど母の料理が気に入ったのか、目の前の料理に目を輝かせながら黙々と箸を進める。こういうところは瀧内くんとそっくりだと思う。

 潤さんは小松菜のごま和えに箸をつけかけて、何か思い出したのか、斜め上を見ながら少し首を傾けた。


「そう言えば……月曜日にマンション引き払うって言ってなかった?作業の立ち会いがあるんだろ?」

「うん、10時に業者の人が来て、荷物を運び出してもらってるうちに大家さんの家に行って、解約の手続きをすることになってる。9時前には家を出て、お昼前には終わると思う」


 私が答えると、潤さんのお父さんが「月曜日は引っ越しかい?」と尋ねる。


「いえ、荷物は全部処分することにしました。潤さんと一緒に暮らすなら必要ないものも多いですし、上の階の火事でダメになってしまったものが多かったので」

「そうか。じゃあそれが済んでから役所に行って入籍だね」


 前に買った結婚情報紙に書いてあったけど、たしか入籍するには婚姻届だけでなく戸籍謄本も必要だったはずだ。


「戸籍謄本って戸籍がある役所でもらうんだよね?」

「そうね。志織はそこの役所でもらえるわよ」


 と言うことは、月曜日に再びこちらの役所に足を運ぶ必要がある。


「潤さんは?」

「俺の戸籍の住所は今住んでる家」


 電車で移動すると潤さんの家からマンションまで小一時間、そしてそこから実家近くの役所まで約二時間。さらに実家から潤さんの家の近くの役所まで三時間近くかかる。

 足を怪我している潤さんには近所の役所にだけ行ってもらうにしても、時間的に月曜日の入籍は難しい気がする。

 月曜日の入籍はあきらめ、書類だけ先にそろえて翌日に入籍しようかと考えていると、ゆうこさんが口の中のものをお茶で流し込んで私の方を見た。


「志織さんが潤くんの戸籍に入る場合ですと、潤くんの本籍地の役所に行って婚姻届を出せば、潤くんの戸籍謄本はいりません。婚姻届はどこの役所でももらえますが、戸籍謄本は本籍地の役所でしかもらえません。婚姻届には新郎新婦と二十歳以上の保証人二人の署名捺印が必要です。平日に窓口に行けば、婚姻と志織さんの転入の届けが同時に出せます」


 ゆうこさんは突然機械の音声案内のように、婚姻届提出時の注意点をスラスラとしゃべりだした。

 私と両親は呆気に取られてゆうこさんを見る。ついさっきまでの、おっとりしたゆうこさんと同一人物とは思えない。


「ちなみに志織さんは、婚姻届には旧姓の判子、転入届けには新しい姓の判子が必要です」


 ゆうこさんには人工知能でも入っているんだろうか。しかし潤さん親子が至って平然としているところを見ると、きっとこれもいつものことなのだろう。


「本籍地の役所か……。そうなると月曜日の入籍は時間的に厳しいな。俺は運転できないし、電車だと時間がかかりすぎるし、二人ともこんな状態だし……」


 潤さんが私の考えていたことを口にすると、鶏の照り焼きを見つめていたゆうこさんが、再び顔を上げて潤さんの方を見た。


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