縁は異なもの味なもの ⑫

 逆に尋ねてみると、父は少し首をかしげて私たちを見る。


「二人は結婚の意思もあることだし、焦る必要はないと思うけどね……親としてはやっぱり、形にはこだわるかな」

「形って……」

「一緒に暮らしていても、籍が入っているのといないのとでは、まったく意味が違うだろう?入籍していれば夫婦だし、家族だからね。もし何かあったときに、一番に連絡が入るのは家族だよ」


 なるほど、そういうことか。もし事故や急病で救急搬送されるようなことがあった場合、家族ならばいち早く連絡を受けて駆けつけることができるのだ。

 私も潤さんも事故にあったばかりだから、父の言いたいことはすぐにわかった。


「そうね……。志織は事故で怪我してうちに帰ってきてたときに、潤さんが事故にあったことを知らなくて、もう夜なのに『潤さんと連絡がつかないからこれから会社に確かめに行く』って、泣いて取り乱してたものね」

「お母さん……!」


 何も潤さんとご両親の前で暴露しなくても……!

 今思えば、いい歳して親の前で泣いて駄々をこねたなんて、子どもみたいで恥ずかしい。

 恥ずかしさのあまり顔を赤くしていると、潤さんはほんの少し口元をゆるめた。ああ……この顔は喜んでる顔だ……。


「そんなことがあったんですか?」


 潤さんが尋ねると、母は大袈裟にうなずいた。


「そうなの。小さい頃は別として、この子が泣くところなんて初めて見たのよ。それだけ潤さんのことが好きなのねぇ……」


 母の言葉を聞いて、潤さんは嬉しそうに私の方を見る。


「そんなに心配してくれてたんだ」

「何日も連絡がつかなかったら、誰だって心配するでしょ……?」


 歯切れの悪い口調で答えると、母が首をかしげた。


「何日も?前の晩から丸一日じゃなかった?」

「お母さん……!恥ずかしいから、もう何も言わないで……!」


 これ以上恥ずかしい話を暴露されたらたまらない。おしゃべりな母を放っておくと、私の子どもの頃のドジ話まで持ち出しそうだ。

 ここはもう、強引に話の流れを変えて忘れてもらうしかない。


「潤さん、明後日入籍しよう」

「えっ、明後日?!」

「うん、早く子ども欲しいから!」


 勢いに任せて思わず口走ると、今度は潤さんが顔を真っ赤にした。

 父も大人になった娘の発言にかなり驚いたようで、完全に固まっている。笑って喜んでいるのは母と潤さんのお父さんだけだ。

 そんな中でもゆうこさんだけはいつも通り冷静な顔をして、お茶菓子の乗った木の器からミニどら焼きを手に取り、包みを開けて口に運んだ。よく見るとゆうこさんの前には、空になったお茶菓子の包みが4つ並んでいる。

 5個目……?

 よほど美味しかったのか、それともお腹が空いていたのか。あるいは、私たちの結婚話よりも目の前のお茶菓子に夢中だったのか?

 私が積み重なったお茶菓子の包みを唖然として眺めていることに気が付いたゆうこさんは、指先で口元を押さえてかわいらしく笑った。


「あら、ごめんなさい。わたくし、甘いものには目がなくて……。特にこういった一口サイズの小さな和菓子がかわいらしくて、大好きなんです」


 会長の長男と結婚したくらいだから、ゆうこさんもやはり良家のお嬢様なんだろうか。まるで無垢で可憐な少女が、そのまんま大人になったみたいな人だと思う。

 そんなに無邪気に笑って言われたら、かわいさのあまりお茶菓子を山盛りにしてあげたくなってしまうではないか。


「そうなんですね……。喜んでいただけて良かったです……。どうぞ、お好きなだけお召し上がりください……」

「ありがとうございます。だけどこれ以上食べるとお腹がいっぱいになってしまいそうなので、これでやめておきます」

「そうですね……。夕飯もありますからね……」


 さすが瀧内くんのお母さんだ。思考回路も行動パターンもまったく読めない。

 だけどなんとなくその無邪気な雰囲気が、夢中でタコ焼きを眺めていた瀧内くんと似ているような気がする。

 こんなことは日常茶飯事なのか、潤さんのお父さんはまったく気にも留めない様子で笑っている。


「志織さんもそう言ってることだし……潤、明後日入籍してきなさい」


 潤さんのお父さんは、私の気が変わらないうちに潤さんを説得したいのだろう。潤さんの肩をガシッとつかみ、少々威圧的にそう言った。

 潤さんはお父さんに肩をつかまれながら、私の方を見る。


「そんなこと言われても……志織、ホントにそれでいいの?」


 私たちが入籍するまで急かされてしまいそうなので、私は覚悟を決めてうなずく。


「うん、いいの。明後日入籍しよう。潤さんと早く夫婦になりたい」

「親父も言い出したら聞かないし、志織がそこまで言うならそうしようか……。それに俺も早く志織と結婚したいから」


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