縁は異なもの味なもの ⑪

「何があっても、志織さんのことは僕が命をかけて守ります!一生大切にします!志織さんと結婚させてください!」


 潤さんはテーブルに両手をつき、額をぶつけそうな勢いで深く頭を下げてそう言った。

 私も「お願いします」と慌てて頭を下げる。


「うん……そうか……。それなら大丈夫かな……」


 少しの沈黙のあと、父は静かに呟いた。

 私と潤さんが顔を上げると、父は穏やかな笑みを浮かべていた。そして隣にいる母の方を見る。


「母さんはどう思う?」

「お父さんがそう思うなら大丈夫でしょう。それに私は最初から反対なんかしてませんからね」

「私も反対はしてないよ。潤くんの人柄の良さも、志織を大事にしてくれていることもわかったからね。ただ、機が熟すには時期尚早だったね。二人が心から信頼し合える関係になるには、もう少しじっくり話し合う時間が必要なんじゃないかと思ったんだよ」


 普段は口数の少ない父が、今日はいつになく雄弁で、とても大きく、頼もしく見える。

 そして今度は父が深く頭を下げた。


「志織は一度やると決めたら必ず最後までやりきる、真面目で芯の強い子です。親バカと言われるかも知れないけれど、まっすぐで優しい心を持った、私たちの大切な、自慢の娘です。不器用で至らないところもあると思いますが、どうか娘をよろしくお願いします」


 潤さんの表情が、つぼみが開くようにみるみる明るくなっていく。


「はい、絶対に幸せにします!」


 父から私の未来を託された潤さんは、力強く答えた。

 私は今まで聞いたことのなかった父の私への想いに触れて胸がいっぱいになり、涙が溢れて優しく頬笑む父の顔がぼやけて見えた。

 母は笑いながら私の前にティッシュを差し出す。


「志織、今から泣いてどうするの。これから潤さんと幸せになるんでしょ?」

「うん、潤さんと一緒に、絶対に幸せになる」


 私がティッシュで溢れる涙を押さえながら笑うと、潤さんも嬉しそうに笑った。

 すると潤さんのお父さんが、潤さんの背中をバシンと叩いた。潤さんは驚いた顔でお父さんを見る。


「潤、志織さんのご両親から結婚の承諾も得たことだし、一緒に暮らすなら、まずはやっぱりきちんと籍を入れるべきじゃないのか?」

「……今の流れでいきなりその話?」


 どこまでもせっかちなお父さんに、潤さんはなかば呆れた様子でため息をついた。

 父が婚約者に大事な娘を託すと言う感動的なシーンの直後に、その感動も余韻もぶったぎる潤さんのお父さんのマイペースさには、母も少々引き気味だ。


「何事においてもけじめは大事だろ?」

「それはもちろん大事だけど……」


 潤さんが呟くと、お父さんはまた潤さんの背中を叩く。


「だったら自分の行動に責任を持て。おまえは志織さんのご両親から、大事なお嬢さんを任されたんだろ?」


 私の両親の前でそれを言われると、潤さんもさすがに首を横に振ることはできないだろう。もしかしてそれがお父さんの狙いだったんだろうか。

 潤さんは口を真一文字に結び、少し考えるそぶりを見せたあと、黙ってうなずいた。


「そんなわけだから、式のことはゆっくり相談するとして、取り急ぎ入籍させてもいいだろうか」


 潤さんのお父さんが尋ねると、母が誰よりも早くうなずいた。


「私は賛成ですよ。志織にも一緒に暮らすなら入籍すればって言ったんですけどね、挨拶とか両親の顔合わせとか、いろんな段階を踏んでからにしたいって言われたんです」

「だったらもう何も問題はないと言うことだね、志織さん?」


 潤さんのお父さんは、また有無を言わさぬ眼力で私の方を見た。

 この流れ……いや、激流に抗える強者なんて、この世に一人たりともいないだろう。


「は……はい……問題ありません……」


 私が目をそらすこともできないままそう言うと、潤さんのお父さんは満足そうにうなずいた。


「よし、決まった。今日は土曜日か……。明日は役所は休みだから、入籍は明後日だな」


 超絶いい人の潤さんのお父さんは、超せっかちな私の母をしのぐ超絶せっかちな人らしい。

 お父さんの勢いに飲まれて、うなずくことしかできない私と潤さんを見ながら、父が苦笑いを浮かべた。


「イチは相変わらずせっかちだね。潤くんが後を継ぐ気になってくれて嬉しいのはわかったから、少し落ち着こうか」


 昔からそうなのか!

 もしかすると学生時代も、正反対の性格の慎重派の『サクちゃん』が、事を急ぐせっかちな『イチ』をなだめたり説き伏せたりしていたのかも知れない。


「母さんと潤くんのお父さんはそう言ってるけど……肝心の志織と潤くんはどうしたいのかな?」


 父は長年の教師生活ですっかりそれが染み付いているのか、教え子に進路指導をするときのような口ぶりで私と潤さんに尋ねた。


「……お父さんはどう思う?」


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