縁は異なもの味なもの ⑩

 母がお茶とお茶菓子を出し、潤さんと潤さんのお父さんは手土産を父に渡す。

 父の口元がすっかりゆるんでいる。父は昔から喜怒哀楽の〔喜〕と〔楽〕の感情が隠せず、すぐに顔に出てしまうのだ。

 大好きな店の和菓子と滅多に口にできない高いお茶をいただいたことが、よほど嬉しかったのだろう。


「潤がお世話になっております。潤の父の三島 修一シュウイチです」

「母のゆうこです」


 ここでも潤さんのご両親は丁寧に頭を下げて自己紹介をした。

 父は慌てて口元を引き締め頭を下げる。


「こちらこそ志織がお世話になっております。志織の父の佐野 秀作シュウサクです」

「母の君枝キミエです」


 私の両親も同じように自己紹介をすると、潤さんのお父さんが父の顔をマジマジと見て首をかしげる。


「もしかして……サクちゃん?」

「うん、久しぶり。イチは相変わらず元気そうだね」


 父親同士が嬉しそうに固い握手を交わしているのを、私たちはポカンとして眺めている。

 え……?何これ、どういうこと?


「あの……お父さん……?」


 私が声をかけると、父は微笑みながら私の方を向く。


「じつは、学生時代の友人なんだ」

「えっ、友人?!」


 私と潤さんが声をそろえてそう言うと、潤さんのお父さんは嬉しそうに笑う。


「高校時代の同級生なんだよ。志織さんのお父さんはとても頭が良くて成績がいつもトップだったから、よく勉強を教えてもらったんだ。しかし驚いたなぁ……志織さんのお父さんがサクちゃんだったとは……」


 父親同士が学生時代の友人だなんて、偶然にもほどがある。あまりの衝撃で、私も潤さんも言葉が出ない。

 父は潤さんからあじさい堂の社長の息子であることを打ち明けられたときに、潤さんの父親が学生時代の友人の『イチ』だと気付いたと言った。

 二人とも名前の頭に『シュウ』が付くので、『イチ』『サクちゃん』 と呼び合って、共に学び、ときに将来について語り合い、青春時代を一番長く一緒に過ごした友人、言わば親友なのだそうだ。

 だけどそれは私と潤さんの結婚とはまた別の話だから、父はあえて何も言わなかったらしい。

 それを聞いた母はほんの少し不服そうだ。『どうして私にまで隠してたのよ?』とでも思っているのだろう。


「積もる話もあるけど、それは置いといて……まずは潤と志織さんの話をしようか」


 潤さんのお父さんが本題に入ると、父は潤さんの方をチラッと見た。その視線に緊張したのか、潤さんの背筋が伸びる。


「そういえば……一緒に暮らすことにしたらしいね。妻から事情は聞いてるよ。潤くんも事故にあったんだって?大変だったね」

「はい……ご心配おかけしてすみません」

「いや、そんな大変なときに志織がお世話になってしまって、こちらこそ申し訳ない」


 潤さんと父は互いに頭を下げ合っている。

 私と母とゆうこさんが黙って男同士のやり取りを眺めていると、潤さんが顔を上げてまっすぐに父を見た。


「先日お伺いしてから、お父さんのおっしゃった言葉の意味をいろいろ考えました。僕との結婚が志織さんにとって負担になるなら、潔くあきらめた方がいいのかと思ったりもしたんですが……事故にあって目が覚めたときに、一番に思い浮かんだのは志織さんのことでした。やっぱり僕には志織さんしかいません。僕が生涯を共にしたいのは志織さんだけです」


 潤さんのご両親には、ここに着くまでの間に、事故にあう前に一度二人で両親に挨拶に来たことを話していたので、二人とも黙って潤さんを見守っている。

 父は潤さんの言葉を聞いて静かにうなずいた。


「潤くんが志織を大切に想ってくれていることは、よくわかってるよ。あのとき潤くんは、お父さんの会社を継ぐ気はないと言っていたけど……私にはね、君が志織をなんとか繋ぎ止めるために、その場しのぎで先のことを曖昧に濁しているようにしか聞こえなかった。あれは本心ではなかったよね」


 父に心の内を見透かされていたことに驚いたのか、潤さんは一瞬目を大きく開いて息を飲み、申し訳なさそうに頭を下げた。


「はい、おっしゃる通りです。申し訳ありませんでした」

「お父さんの会社を継ぐ決心はついたのかい?」

「今の会社で勤め続けた方が平穏な暮らしができると思っていたんですが……今は、父や祖父たちが曾祖父から受け継いで大切に築き上げてきた会社を守りたいと思っています」


 父の目をまっすぐに見てそう言った潤さんの言葉には、迷いは感じられなかった。

 それを聞いた潤さんのお父さんは、これまでなかなか首を縦に振らなかった息子の言葉に感激したのか、微かに目を潤ませている。


「そうなんだね。それで志織はどうなんだい?」

「私も潤さんと一緒に生きていきたい。何があっても私が潤さんを支える」


 きっぱりと言い切ると、父は何度も小さくうなずいた。その表情は嬉しそうでもあり、少し寂しそうにも見えた。


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