縁は異なもの味なもの ⑨
「いやいやいや……ちょっと待ってくれよ!志織のご両親の都合も聞かずに、そんないきなり……!」
「それもそうだな。じゃあ志織さん電話して、今すぐ」
「は、はい……」
有無を言わさぬ圧力に負け、私はポケットから急いでスマホを取り出し、電話帳の画面を開く。
なんだろう、このすさまじい決断力と行動力は?一人息子である潤さんとの差がすごすぎる。
4万人近くもの従業員をかかえる大企業のトップともなると、こんな風に物事を即決するようになるんだろうか?
実家に電話をかけると、いつものように母が出た。父の具合はどうか、今日は出かける予定はないか、これから実家へ行っても大丈夫かと端的に尋ねる。
『急にどうしたの?うちに忘れ物でも取りに来るの?』
「潤さんのご両親が、これからご挨拶に行きたいと仰ってるんだけど……お連れしてもいい?」
『そうね、これから……えっ、これから?!』
さすがの母も慌てたのか、珍しく取り乱しているようだ。
『まさか今日とは思ってなかったし、うちに来ていただいてもなんのお構いもできないけど……いいの?』
母の慌てた声は筒抜けだったらしく、潤さんのお父さんは私の方を見ながら大きくうなずいている。
「いい……みたい……」
『たいしたことはできないけど……夕飯くらいは用意しましょうか?』
夕飯を一緒にいかがですかと母が言っていると言うと、潤さんのお父さんは少し嬉しそうにうなずいた。
「そういうことならお言葉に甘えて……。私は普通の家庭料理が好きなので、ご両親の普段通りの食事でお願いします」
「わかりました、そう伝えます」
潤さんのお父さんから言われた通りに伝えると、母は少し考えてから、『わかった』と返事をした。
電話を切ったとたん、隣にいた潤さんが大きなため息をついた。
「また勝手に決めて……。こういうことには、それなりの準備ってものがあるだろう……。昔から言い出したら人の意見は聞かないんだもんな……」
潤さんはうつむきながら、右手で目元を覆って不服そうに呟いている。
前に潤さんと実家に行ったときも、潤さんが『明日行こう』と突然言い出して驚いたのだけれど、潤さんのお父さんの『今すぐ行こう』には、比べ物にならないほどの衝撃を受けた。
もしかすると潤さんはこれまでも、お父さんの強引さにはかなり苦労してきたのかも知れない。
とりあえず昼食がまだだったので、少し待ってもらって急いで食事を済ませ、出かける支度をした。
伊藤くんたちに後片付けと戸締まりを任せ、慌ただしく家を出て、潤さんのお父さんの車で実家へ向かう。
その途中で、潤さんは父の好きな和菓子を買い、潤さんのお父さんは、その少し先にあるお店で高級な緑茶の茶葉を買っていた。
普段はなかなか口にすることのないような高級なお茶をいただいたら、日本茶好きなうちの両親は大喜びすることだろう。
潤さんの道案内で私の実家に着いた頃には、時刻は午後5時になろうとしていた。
実家に着くまで潤さんは口数も少なく、何か考え込んでいる様子だった。心の準備もできないまま、私の両親との再会が、思っていたよりずっと早まってしまったからかも知れない。
だけど前に来たときとは違って、潤さんには焦りやごまかしもなく、私のことを心から信頼してくれていると思う。
お互いを誰よりも必要としているし、二人なら何があっても大丈夫だと思えたから、私も潤さんとの結婚を前向きに考えられるようになった。その気持ちを潤さんと二人できちんと両親に伝え、父からも結婚の許しを得たい。
車から降りると、潤さんは少し強ばった表情で、ひとつ大きく深呼吸をした。二度目とは言え、やはり緊張しているようだ。
「潤さん、前に来たときはダメって言われたけど、そんなに緊張しないで。今日はきっと大丈夫だと思うから、落ち着いてね」
隣に立って小声でそう言うと、潤さんは笑みを浮かべてうなずいた。
「うん……そうだな。お父さんに、安心して志織を任せてもらわないと」
玄関の前に立つと、家の中から美味しそうな煮物のにおいがした。私たちが到着するまでの間に、母は夕飯の支度をしてくれていたようだ。
チャイムを鳴らすと、いつものように母がドアを開けて、父も落ち着かない様子で一緒に出迎えてくれた。
玄関先で潤さんのご両親は、私の両親に丁寧にお辞儀をして、急な訪問を受け入れてくれたことにお礼を言った。
そして「どうぞ中にお入りください」と母に促されると、後ろを向いてしゃがみ、脱いだ靴をきちんとそろえる。大企業の社長とは思えないほど腰の低い人だと、妙に感心してしまう。
前に来たときは和室で畳に座ったけれど、足を怪我している潤さんを気遣ってなのか、今日はダイニングセットのイスに座った。
孫たちと一緒に食事しやすいようにと、両親が購入した大家族用のダイニングセットが、意外な場面で役に立ったようだ。
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