縁は異なもの味なもの ⑤
「3人かぁ、いいなぁ。葉月、俺たちも3人くらいは子ども作ろうよ」
「うーん、3人なぁ……。とりあえずふたりは産みたいわ。兄弟コンビで漫才させたいねん」
「でも3人ならトリオ組めるじゃん。兄弟トリオでコントも面白そうだよ」
「それは志織の子どもに任せるわ。ラブラブなんやし、3人言わんともっとようさん産んで、コントユニット組ませたらええねん」
冷やかすはずが逆に冷やかされた……!
私はあまりの恥ずかしさで気が遠くなる。
いや、しかしここで負けてはいけないのだ。ここは開き直って堂々としておかないと、この先ずっと冷やかされ、いじられキャラになってしまう。
「そうね……バレーボールチームもいいかもね……。そのためにも結婚したら早く子ども欲しいから、あんまり邪魔ばっかりしないでね」
「しませんよ。あっ、でもふたりとも怪我が治るまでは自制してくださいね」
「……それはもうわかったから言わないで」
私にしてはうまくやり返したと思ったのに、瀧内くんはノーダメージで、さらに笑ってその上をいく。
「将来は子だくさんのにぎやかな家庭になりそうですね。楽しみだな」
前を向いて運転する瀧内くんは、嬉しそうに柔らかくあたたかな笑みを浮かべていた。
マンションに着くと、辺りは焼け焦げた煤の臭いが充満していた。
私の部屋のドアを開けると、煤の臭いと布の湿った臭いが混じりあって、中に入ることはおろか、息をすることさえためらわれる。
よく見てみると、ベランダ側のガラス戸についている換気用の小窓が開けっ放しだったようだ。
上の階の消火に使った水が床や壁に染みて雨漏り状態になっていることに加え、この小窓が開いていたせいで、私の部屋は余計にひどい状態になってしまったのだろう。
「これはひどいな」
伊藤くんと葉月と瀧内くんは、鼻と口を押さえて玄関に立ちすくんでいる。土足のまま部屋に入り、すべての窓を全開にして換気したけれど、その臭いはなかなか消えそうもない。
私に続いてみんなも靴を履いたまま、おそるおそる入ってきて部屋の中を見回している。伊藤くんと瀧内くんは初めて私の部屋に来てくれたのに、お茶も出せないようなひどい有り様で申し訳ない。
クローゼットのドアを開けてみると、中の壁もやはり湿っていやな臭いがしていた。
濡れていなくても臭いがついて、衣類はほとんどダメになってるかも知れない。そんなに高価な服はないけれど、気に入っていたものを捨ててしまうのは惜しい気がする。
「クリーニングに出せば少しはましになるかな?」
「どうやろなぁ……。この際やから、買いかえるのもアリやと思うで。これから結婚するのに、きなくさい服やら持って行くって、なんかゲンが悪いやろ?」
「うーん……そう言われるとそんな気もする……」
どちらにしても潤さんの家に引っ越せば、家具や寝具、家電製品などは必要なくなるので、処分するつもりでいた。しかししまってある衣類は大丈夫だろうと思っていたので、私の火事に対する認識は甘かったと言える。
「どうする?とりあえず貴重品とか大事なものだけ運ぶか?」
「貴重品ってほどのものは特にないんだけどね……。どうしても取っておきたいもの以外は処分する方向でいこうかな……」
しかし、どうしても取っておきたいほど大事なものなんてあっただろうか?元々荷物が少ないので、衣類や寝具、家具家電を除けばたいしたものは残っていないだろう。
部屋の中を何気なく見ていると、キッチンカウンターの端の方に、いつだったかのクリスマスに護がくれたスノードームが置かれていた。
その存在すら忘れられていたスノードームは、少し埃をかぶっている。それがなんとなく、私の中でどんどん色褪せていく護との思い出そのもののように見えた。
最近では思い出すこともすっかりなくなっていたけど、この部屋での思い出のほとんどは、護と過ごしたことと護を待っていたことばかりだ。
潤さんが部屋に来たのは実家に挨拶に行ったあの日だけだった。
挨拶に行く前はバカみたいに盛り上がって幸せいっぱいだったのに、実家からの帰りには潤さんと結婚する自信がなくなって、別れ話になってしまった。
あれからまだほんの少ししか経っていないはずなのに、ずいぶん前のことのように感じる。
「なんか……この部屋、ろくな思い出がないかも知れない」
思わず声に出して呟くと、葉月は私の背中をポンポンと叩いた。
「ほんなら、ろくでもない思い出と一緒に、ここにあるもん全部捨ててまうか?」
冗談とも本気とも取れる葉月の言葉を聞いて、私は住み慣れた部屋の中をゆっくりと見回して少し考える。
「うん……そうだね……捨てちゃおうか!」
思いきって捨ててしまおうと決めて大きくうなずくと、伊藤くんは少し驚いた様子で何度もまばたきをした。
「えっ、捨てるって……ここにあるもの全部?」
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