縁は異なもの味なもの ④

「せっかく結婚してふたりで新生活始めるんだから、新居借りればいいのに。新婚さん向けの部屋とかあるじゃない?」


 意図的に『新婚さん』と言う言葉を使ってみたけれど、伊藤くんも葉月も平然としている。

 こんなことでは動じないか。


「共働きだし、夫婦二人だけの間は今のところでじゅうぶんだって葉月が言うから。それに子どもができたら一戸建て買うつもりだし、それまでにできるだけ貯金もして、住宅展示場とかいろいろ見て準備しとこうかって」

「へぇ……」


 経済観念がしっかりしている葉月のおかげでもあるのか、二人は堅実に先を見据えていろいろ考えているらしい。

 冷やかすつもりが感心させられてしまった。


「ところでいつ入籍するの?」

「手続きとかいろいろまとめてできるように、来年の年度始めに合わせて入籍しようかって言ってる」

「4月1日?エイプリルフールだけど……いいの?」


 エイプリルフールが結婚記念日になるなんて、複雑な気持ちにはならないのかと思って隣にいる葉月の方を見ると、葉月は真顔でうなずいた。


「せやねん、『結婚しました』て報告したら『ハイハイ、どうせ嘘やろ』て流されるやろな。ほんであとから『嘘ちゃうかったんかいな!』てなるやろ?それが狙いや」

「それは笑いを取るのが狙いってこと……?」

「それだけちゃうけどな。とりあえず絶対に忘れへん日がええやろ?」

「うん、まぁ……忘れなさそうだけどね……」


 結婚でまで笑いを取ろうと葉月が本気で思っているのかはわからないけど、一応意味はあるらしい。


「結婚式の場所とか日取りとかはもう決まってる?」

「時期は3月下旬だな。会社関係の人は呼ばずに、身内と極親しい人だけ招待することにした。もう少ししたら招待状出すから、詳しい場所はそれで確認して」

「わぁ……楽しみ……」


 伊藤くんと葉月は、私が思っていた以上に着々と結婚へ向けての準備を進めているようだ。今のところ、冷やかすところなんてひとつも見つからない。

 何か冷やかすネタはないかと考えていると、ずっと黙って前を向いて運転していた瀧内くんが、信号待ちで車を止めて少し後ろを振り返った。


「志織さんはいつ頃結婚するんですか?」

「えっ、私?」


 突然私に話の矛先が向いたので、少し慌ててしまった。


「私はまだなんにも決まってないよ。具体的なことは何も話してないから、これからふたりで相談する。とりあえず潤さんの怪我が治ったら、潤さんのご両親に改めて挨拶に行くつもり」

「ああ……それなら怪我が治ってからと言わず、少し急いだ方が良さそうですね。母から聞いた話によると、おじさんは仕事で年明けから海外に長期滞在するみたいですから。母も同行するそうです」


 そんなこと、潤さんからは何も聞いていない。まさか潤さんも知らないなんて言うことはないと思うのだけれど……。


「そうなんだ……。ちなみに長期ってどれくらい?」

「どうしても外せない用や仕事があれば、たまに戻ってきたりはすると思いますけどね。少なくとも半年くらいはかかるだろうって母が言ってましたよ」

「半年……うーん、半年かぁ……」


 付き合い初めてからまだ間もないのだから、焦って結婚する必要はないと思うし、その半年がどうしても待てないと言うわけでもない。

 しかし潤さんや母はなんと言うだろう。


「年明けからってことは、急ぐなら年内には都合つけなきゃいけないわけでしょ?でも今年も残り1か月切ってるんだもんね。年内に潤さんのギプスが取れたとしても、それで完治ってわけじゃないし、無理はして欲しくないから、ご両親が海外から戻られてからでもいいかなと私は思うけど……。とりあえず潤さんと相談してみる」

「そうしてください」


 信号が青になり、瀧内くんはゆっくりと車を発進させた。


「ああ、でも……やっぱり急いだ方がいいんじゃないですか?体力のあるうちがいいでしょ?」


 潤さんのご両親への挨拶になぜ体力?体力がいるほどハードな挨拶ってなんだ?

 瀧内くんの言っていることはさっぱり意味がわからない。


「ん?なんで?どういうこと?」


 首をかしげながら尋ねると、瀧内くんはハンドルを握りながら答える。


「だってほら、早く結婚しないと……できるだけ早く欲しいでしょ?」

「欲しいって何が……あっ」


 瀧内くんの言葉の意味がわかると、私の体温が急激に上がった。

 それはまさか、今朝の私と潤さんの会話では……?!


「瀧内くん、もしかして……」

「少なくとも3人ですもんね」


 瀧内くんの口元が思いきりゆるんでいる。きっと思い出し笑いだ……!

 バカみたいに恥ずかしい会話をして、バカみたいにキスしてイチャイチャしていたところを、たぶん最初から全部見られていたに違いない。

 恥ずかしさをこらえていると、伊藤くんと葉月までニヤニヤし始めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る