縁は異なもの味なもの ③
「そんなこと胸張って言うなよ、情けないな……。よし、玲司は木村に教わって目玉焼き作れ」
「やってもいいですけど、味の保証はできませんよ」
「えらそうだな。とにかく食えるもの作れ、わかったな」
「御意」
昨日初めて人参の皮剥きをした瀧内くんに、目玉焼きなんてできるだろうか?そもそも卵は割れるのか、だんだん心配になってきた。
瀧内くんはキッチンで葉月に目玉焼きの作り方を教えて欲しいと頼んでいる。
「三島課長、目玉焼きやったら私が作りますけど……」
葉月がコーヒーを運んできてそう言うと、潤さんはコーヒーを受け取りながら首を横に振る。
「いや、玲司にやらせて。木村、悪いけど教えてやってくれるか」
「わかりました」
潤さんと葉月のやり取りを聞いていると、なんだか営業部にいるような気分になってくる。
葉月はキッチンに戻って瀧内くんに卵の割り方を教え始めた。この二人はやっぱり姉弟のようで、見ていると微笑ましい。
「瀧内くん大丈夫かな。料理はまったくできないって言ってたけど……」
「それは俺が世話焼き過ぎたせいもあるんだけど、俺もいつまでも志岐と玲司の面倒見てやれるわけじゃないからな。いい機会だから、少しくらいは自分でやらせとかないとって思って」
「できるに越したことはないもんね」
コーヒーを飲んでいると、潤さんが私の耳元に口を近付けた。
「もうあいつらがいるときにイチャイチャするのはやめとこうな」
「うん……絶対にやめとく」
これからは一緒に暮らすことだし、甘い時間を過ごすのは二人きりのときだけにしておこう。
少し遅い朝食は、葉月が作ってくれた野菜とウインナーの入ったスープと、伊藤くんの買ってきてくれたパン、そして瀧内くんが葉月に教わって初めて作った少し焦げた目玉焼きだった。スープに入っていた玉ねぎは伊藤くんが皮を剥いて切ったらしい。
潤さんが早起きして炊いたごはんを朝から3杯も食べる伊藤くんと瀧内くんの食欲は、相変わらずすごいの一言に尽きる。
朝食が済んだあとは、コーヒーを飲んでひと息ついた。
「志織の荷物取りに行くの、午後からでええの?」
食器を下げながら葉月が尋ねると、潤さんが時計を見上げた。時刻はもうすぐ11時になろうとしている。
「朝食も遅かったことだし、これから行って来たらいいんじゃないか?」
「そうですねぇ。志織、これ済んだら用意して行こか」
葉月が腕まくりをして食器を洗おうとすると、潤さんが松葉杖をついてキッチンに向かう。
「それくらい俺がやっておくから」
「えっ、でも……」
「俺は両手使えるし、ボチボチやるから大丈夫。3人は志織のマンションに行ってやって」
潤さんは松葉杖を壁に立て掛けてシンクの前に立ち、食器洗い用のスポンジを手に取った。
「じゃあなるべく早く戻りますけど……無理せんといてくださいね。しんどかったら置いといてください、私があとでやりますんで」
「ありがとう、よろしく頼むな」
潤さんが食器を洗い始めると、葉月は私の方を振り返る。
「ほな志織、急いで出かける用意して、マンション行こか」
「うん」
私と葉月は2階の部屋で簡単に身支度を済ませ、マンションの鍵を持ってリビングに戻った。
その間、伊藤くんは風呂掃除をして、瀧内くんは布団を干していたらしい。おそらく潤さんに指示されたのだろう。
これまでは伊藤くんと瀧内くんの世話を焼いていた潤さんが、二人に少しでも生活力をつけさせようとしている様子は、まるでお父さんのようだ。
「それじゃ行きましょうか。潤さん、車借りますね」
「ああ、気を付けてな」
4人で潤さんの家を出て、瀧内くんの運転で私のマンションへ向かった。
「今日はとりあえず、すぐに使うものだけ運べばいいのか?」
助手席の伊藤くんが後ろを振り返って尋ねた。
「運ぶのはそれだけでいいと思うんだけど……部屋の状況を見て、今日中に引っ越し業者に電話して、早めに見積りに来てもらった方が良さそう」
「そうだなぁ……住むところはもう決まってるわけだし、早く引っ越し済ませて落ち着きたいよな」
私はマンションの火災を機に予定より早く引っ越すことになったけど、葉月はいつ頃自分の部屋を引き払うつもりなんだろう?
伊藤くんと葉月が結婚に向けて準備をしているのはなんとなく知っているけど、ふたりとも詳しいことはあまり話さないので、入籍する時期や挙式などの具体的なことを私は何も知らない。
最近冷やかされてばかりだから、たまには私もふたりのプライベートなことを根掘り葉掘り聞いて冷やかしてみたいと思う。
「ところで葉月と伊藤くんは、結婚後も今住んでる部屋に住むの?」
「あー、そういうことになるかな」
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