縁は異なもの味なもの ②

「3人もいると子育ては大変だろうけど、毎日にぎやかで楽しいだろうなぁ……」


 潤さんはひとりっ子だし、家では一人で過ごすことが多かったようだから、余計ににぎやかな家庭に憧れるのだろう。

 人数はともかく、その夢を叶えてあげたいと私は思う。


「いとこの千絵ちゃんがね、少し前に3人目の子を産んだところなんだけど……育児には体力がいるから、できるだけ若いうちに産んだ方がいいって」

「そうか。じゃあそのためにも早く結婚したいな」

「でもその前に二人とも怪我を治さないとね」


 私が笑ってそう言うと、潤さんは指で私のあごをクイッと持ち上げて軽く口付けた。


「志織が毎日『大好き』って言って、いっぱいキスしてくれたらすぐ治るよ」

「潤さん、大好き」


 私からキスをすると、潤さんは嬉しそうに笑って「もっとして」とキスをねだる。

 付き合うまでは知らなかった潤さんのこういう甘いところがたまらなくかわいいのだけど、本人にそれを言うとまた不機嫌になるだろうか。


「ふふ……。潤さん大好き。こういうところが特に好き」


 もう一度キスをして潤さんの肩に頭を乗せると、潤さんはまた私を抱き寄せて頭を撫でた。

 二人きりになると潤さんはいつも、こんな風に私を甘やかしながら甘えてくる。こんな潤さんを知っているのは私だけなんだと思うと嬉しくて、私ももっと甘えたいと思うし、甘えさせてあげたいとも思う。


「こういうところって?」

「私にだけすっごく甘いところ」

「俺も志織のそういうとこ大好き」

「そういうとこ?」

「いつもかわいいけど、俺と二人きりのときは、また全然違うかわいさなんだよな。めちゃくちゃかわいい」


 そう言って潤さんはまた何度も頬や唇に口付けた。

 私のことをこんなに『かわいい』と言ってくれるのは、世界中どこを探しても潤さんただ一人だと思う。大好きな人が私だけに惜しみなく甘い言葉をくれると言うことは、なんて甘くて幸せなのだろう。

 何年先もずっと同じようにとはいかないだろうけど、誰よりも相手を好きでお互いを大切に想う気持ちだけは、変わらずに持ち続けたい。


「こんなことばっかり言ってる私たちって、完全なバカップルだよね」

「バカみたいに好きなんだから、それでいいんだよ」


 潤さんの溺愛ぶりがすさまじい。

 私が潤さんの深い愛に溺れて幸せをかみしめていると、廊下の方からガタッと言う大きな物音がした。

 それに続き「いてっ」と叫ぶ伊藤くんの声、それを「なにやってんねん!」とたしなめる葉月の声、そして瀧内くんの「あーあ」と言うため息混じりの声が聞こえてくる。

 またしても見られた……!そしてきっと、バカな会話を聞かれていた……!!

 この上なく恥ずかしい……。今すぐこの場から消え去りたい……!

 潤さんはリビングの入り口の方を振り返って、大きく長いため息をついた。


「おまえらそこにいるのはもうバレてるんだから、隠れてないで出てこい」


 潤さんがゲンナリした声でそう言うと、3人はリビングの入り口からそーっと顔を出した。


「いつからそこにいた?」

「今だよ、今!ずっとこっそり見てたとか、そんなんじゃないから、俺は!」


 伊藤くんは慌てて言い訳をしたけれど、潤さんは怪訝な顔をして首をかしげる。


「そのわりにドアを開ける音も廊下を歩く音も、階段を下りる音も聞こえなかったけどなぁ……。おまえらは忍者か?」


 潤さんは指であごをさすりながら、3人に冷たい眼差しを向ける。


「目が覚めたら潤さんがいなかったので、もしかしたらと思って邪魔しないようにそっと」

「私も起きたら志織がおらんかったんで……」


 瀧内くんが悪びれる様子もなく弁解すると、葉月は申し訳なさそうに歯切れの悪い口調でそう言った。

 すると伊藤くんはムキになって身を乗り出す。


「俺が来たときには二人ともいたんだからな!俺はせっかくいい雰囲気だから邪魔しないように、もうしばらく部屋で寝たふりしてようと……」

「そう思ってつまずいて邪魔をしたわけだな」

「気を使ったつもりだったんだけど、結果的には……」


 どんどん伊藤くんの語尾が小さくなっていく。


「すみませんでした!!」


 3人が一斉に頭を下げ、声をそろえて謝ると、潤さんはすっかり呆れた様子でまたため息をついた。


「姉弟か、おまえらは……。とりあえず木村、コーヒー淹れてあるから注いでくれるか。カップは食器棚の左下」

「はい!」


 葉月は大きな声で返事をしてキッチンに走る。


「一応米は炊いてあるけど、志織はパンがいいよな。志岐、そこのコンビニで食パン買ってきてくれ」

「よろこんで!」


 伊藤くんはズボンのポケットに財布が入っていることを確認して、小走りに玄関へ向かう。


「玲司、目玉焼きくらいはできるのか?」

「できません」


 胸を張って答える瀧内くんに、潤さんはまたも呆れ顔だ。


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