怪我とプリンの巧妙? ⑧

 病院を出て駅前のスーパーで買い物をしたあと、買った食材を潤さんの家に保管してから4人で夕食を食べることになり、瀧内くんが潤さんの車を運転して、みんなで葉月の家の近所にあるファミレスへ向かった。


「そろそろコートとか冬物の服なんかも必要だから、やっぱり土曜日は私の部屋に少し荷物を取りに行こうかな」

「そうやな。最近急に寒なったし、そうした方がええで」


 真ん中のシートで葉月とそんな話をしていると、マナーモードにしたままだったスマホがジャケットのポケットの中で震えていることに気付いた。


「あれ……電話かな」


 スマホを出して画面を見ると、発信者はマンションの大家さんだった。

 大家さんはマンションの最上階に住んでいるので、顔を合わせたら挨拶くらいはするけれど、直接電話がかかってくるなんて、入居以来初めてのことだ。家賃を滞納しているわけでもないし、隣近所から苦情が来るような迷惑をかけた覚えもない。

 なんだかものすごくいやな予感がする……。

 胸騒ぎを覚えながらおそるおそる電話に出ると、大家さんは挨拶もそこそこに、こう言った。


『佐野さんの部屋の真上の部屋から火が出たの。何度電話しても繋がらなかったから心配してたんだけど、留守だったのね。佐野さんが無事で良かったわ』


 大家さんから詳しく聞いたところ、今日の午後7時過ぎにマンションの私の部屋の真上の部屋から出火して、幸いけが人は一人も出なかったけれど、消火活動によって周りの何軒かは水浸しになっているそうだ。特にすぐ真下の私の部屋はひどい状態らしく、元通り住める状態に戻すのにしばらくかかるらしい。

 ダメになった家財道具などは出火元の住人の保険で補償されるそうだけど、『部屋の修復が済むまでの間どうする?』と大家さんは尋ねた。

 身内や知人のところにお世話になるか、ホテルなどに仮住まいするのか、もし新しい部屋を借りるなら違約金なしで解約手続きにも応じるとのことだった。そのための引っ越し費用も、やはり保険で補償されるらしい。

 私は落ち着いて考えるために、「決まったらまた連絡します」と言って電話を切った。

 周りで聞き耳をたてていた3人は、私が電話を切ると詳しい説明を求めた。


「今日の午後7時過ぎに、私の部屋の真上で火事があったみたいで……」


 先ほどの大家さんの話をそのまま話すと、3人は顔を見合わせてアイコンタクトを取り、深くうなずいた。


「これはもう、マンションを解約して潤くんの家に引っ越せってことだな」


 伊藤くんがそう言うと、葉月と瀧内くんも大きくうなずく。


「こんな言い方したらアレやけど、けが人も出んかったみたいやし、更新時期待たんでも解約できるんやったら良かったやん。やっぱりそうせぇっちゅうことやねんて」

「なんてタイムリーな……。なるようになってるんですねぇ……」


 ついさっき潤さんの病室で、引っ越すか引っ越さないかと話していたところで、こんなにタイムリーなことってあるだろうかと私も思う。


「そうなのかなぁ……。どっちにしても引っ越すなら、この際だから思いきってマンション解約しちゃおうかな……」


 違約金なしで引っ越し費用も出してもらえるようだし、それこそ私にとって損なことは何ひとつない。

 状況が状況だけに、私もようやく決心がついた。きっと私の両親も納得するだろう。


「引っ越しの荷造りとか掃除くらいは手伝うから、そうしとけば?」

「志織さんは怪我をしていることだし、貴重品や身の回りの細かい物以外は、引っ越し業者に全部任せればいいんじゃないですか?」

「それもそうやな。手伝うことがあったら遠慮せんとなんでも言うてや」


 ここでもまた当事者の私を差し置いて話が進む。それだけみんなが私のことを心配してくれているのだと思うと、とてもありがたい。

 いい友達を持った私は本当に幸せ者だ。



 その夜、葉月の部屋に戻って簡単に荷造りを済ませてから、母に電話をかけた。

 明日潤さんが退院することや、怪我が治るまで潤さんの家で二人まとめて葉月たちのお世話になろうとしていたこと、そこにマンションの火災が起こったので、借りている部屋を解約して潤さんの家へ引っ越そうと決めたことを話すと、母は反対するどころか、『この際だから籍も入れちゃえば?』とのたまった。

 この母はどれだけせっかちなんだ。反対されるのも困るけど、娘の結婚をそんなに軽く許可していいのか?

 実家に挨拶に行ったときは『今はまだダメだ』と言っていた父からも改めて了承を得たいし、潤さんのご両親にはきちんとした挨拶すらしていない。そういうところは筋を通すのが大人というものでは?



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