怪我とプリンの巧妙? ⑦

『同棲』と言う言葉の響きが無性に恥ずかしい。

 結婚する時期がハッキリと決まっているわけではないし、潤さんの両親にはきちんと挨拶もしていないのに、それをすっ飛ばして一緒に暮らすのはどうかと思う。


「一緒に住むのは結婚してからか、結婚する直前からでいいかなって、私は思ってるんだけど……」


 私の考えは極一般的だと思ってそう言ったのに、みんなは不思議そうに首をかしげた。


「……え?私、何か変なこと言った?」

「いや、そこになんのメリットがあるんだろって」


 伊藤くんはさっきからやけにメリットにこだわる。


「でも伊藤くんだって、葉月と結婚が決まってるのに別々に暮らしてるよね?」

「それはあれだ、葉月のマンションの更新時期の関係もあるし、会社に住所変更の届けを出して付き合ってるのがバレたら即異動になるから、まだ部屋は残してる状態だけど……俺と葉月、少し前から俺のマンションで一緒に暮らしてるよ?」

「えっ、そうなの?!」


 何それ、そんなこと葉月から一言も聞いてないんだけど!


「じゃあ今はもしかして……」

「うん、今は佐野の世話するために葉月が自分の部屋に帰ってる状態」


 伊藤くんが瀧内くんの提案に諸手をあげて賛成するのも無理はない。

 私に葉月を取られた伊藤くんが、ひとりぼっちの部屋でコンビニ弁当を温めて寂しそうに食べている姿が容易に想像できる。


「そんな……。先に言ってよ、葉月……」

「いやー……。なんや言うて志織のお母さんも困ってはったし、志岐は元気なんやから少しくらいひとりにしても大丈夫やろと思て」


 面倒見のいい葉月のことだから、怪我をした私のことを放ってはおけなかったのだろうけれど、これはさすがに伊藤くんが気の毒だ。


「ごめんね、伊藤くん。二人が一緒に暮らしてるとは知らなかったから、葉月に甘えちゃって……」

「いや、佐野は俺にとっても大事な同僚だし、葉月が困ってる佐野をほっとけないのもわかるしな。それにそこが葉月のいいところだから、俺は別にかまわないんだけど……」


 そう言いながらも、伊藤くんは恋しそうな目で葉月を見る。

 いやいや、それは『別にかまわない』って言う顔じゃないよ!本当は伊藤くんは、葉月がいないのは寂しいから、そろそろ返して欲しいと思っているはずだ。


「そうかぁ……。じゃあやっぱり志織、俺んちに来れば?志織のご両親には、一緒に住む理由を俺から説明してもいいし……」


 潤さんが事故で怪我をして入院していることも、結婚するつもりだと言うことも、両親には報告してあることだし、ここは潤さんの言う通りにするのが一番丸くおさまるのかも知れない。


「私ももういい大人だし、潤さんとは結婚するつもりだって言ってあるから、一緒に暮らすこと自体は親は反対したりしないだろうけど……。引っ越しは私自身がちゃんとしたいから、いろいろ落ち着いてからにするとして……とりあえず、怪我が治るまではそうさせてもらおうかな……」

「それがいい!そうしよう!」


 伊藤くんはそう言って嬉しそうに笑っている。

 葉月は少々呆れ気味な様子だけど、きっとホッとしていることだろう。


「じゃあ荷物の準備もありますし、そろそろ帰りましょうか」


 発案者の瀧内くんが腕時計を見ながらそう言うと、潤さんは少し寂しそうな顔をした。


「もう帰るのか?」

「買い物もありますからね。そんなに寂しがらなくても志織さんとは明日から一緒に暮らせるんだから、少しぐらい我慢してください。あっ、退院すると言ってもお互いまだ怪我が治ったわけじゃないんですから、ちゃんと自制してくださいね」


 瀧内くんに真顔でそう言われ、私と潤さんは赤面しながら絶句してしまう。

 伊藤くんと葉月は吹き出しそうになるのを必死でこらえている。


「玲司……余計なこと言うな……」

「いえ、潤さんのタガが外れて悪化したら困りますので、一応念を押しておかないと」

「余計な心配しなくていい!そんなこと言われなくてもわかってるから!」


 潤さん、瀧内くんにおちょくられてるな……。

 伊藤くんもそれがおかしくてしょうがないらしい。


「ほな、キャベツ売り切れんうちにボチボチ行こか」

「そうだな」


 葉月は空になったプリンの容器を箱にまとめ、袋に入れて立ち上がった。


「それじゃあ潤さん、明日は気をつけて帰ってください」

「潤くん、寂しいのも今夜一晩の辛抱だよ。じゃあ、また明日」

「三島課長、なんか必要なもんがあったらうときますんで、連絡してくださいね」

「ああ、ありがとう」


 瀧内くん、伊藤くんに続いて葉月も病室を出た。

 私は病室を出る前に潤さんの手を握る。


「なんか、なりゆきでそういうことになったけど……明日からお世話になります」

「俺はどんな形でも志織と一緒にいられれば、それだけで嬉しいよ」


 潤さんは私を抱き寄せながら惜しげもなく甘い言葉を囁いて、唇に軽く口付けた。


「もっと一緒にいたかったんだけど……あいつらも待ってることだし、また明日な」

「うん、明日ね」



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