Accidents will happen ⑬
……何かおかしい。どうして潤さんのことは一言も言わないの?
昨日の練習試合の話だって、名前が出てくるのは伊藤くんとか瀧内くんとか、中村さんとか渡辺さんとか、モナちゃんとか里美さんとか……とにかく潤さん以外の人ばかりだ。
「昨日の練習試合、潤さんは出てなかったの?」
私が後ろから尋ねると、葉月はほんの少しだけ顔をこちらに向ける。
「三島課長は都合悪うてな、来られんかってん」
「ふーん……。どうして?」
「最近会社にも来てはらへんねん。私らもなんも言えんのよ」
『何も言えない』とは、どうとらえたらいいのだろう?本当は何か知っているのに隠しているのか、それとも本当に何も知らないのか。
「伊藤くんも知らないの?」
「佐野はフラれたんだろ?それでも潤くんのことが気になるのか?」
伊藤くんは前を向いて運転しながら、静かな口調で尋ねた。
「フラれたって言えばそうかも知れないけど、私は潤さんが好きなの!伝えたいことがあるのに連絡も取れないし、みんなも忙しそうで話す暇もないから、ずっと気になって気になって……!」
話しながらだんだん涙がにじんでこぼれ落ちた。慌てて下を向き、手の甲で涙を拭う。
「そうかぁ……。やっぱ好きなんだ」
「そうだよ!フラれたくせにあきらめの悪い女だと思うかも知れないけど、私は潤さんが好きだからどうしても会いたいの!潤さんの家に連れてって!お願い!!」
自分のことを、ケンカして逆ギレした小学生みたいだと思いながら、運転席の伊藤くんに手をあわせて頼み込んだ。
伊藤くんは赤信号でゆっくりとブレーキをかけ、葉月と顔を見合わせている。
「会わせてやりたいのは山々なんだけどなぁ……今家に行っても潤くんには会えないよ」
「えっ……なんで?じゃあどこにいるの?」
私が尋ねると、二人はまた顔を見合わせて困ったそぶりを見せた。葉月は涙を浮かべた私の顔を見てため息をつく。
「ホンマはこれも言わん約束やったけど……志織には言うなって言われてるねん」
「どういうこと?」
「ごめんな。かわいそうやけど、これ以上はなんも言えん」
葉月がそう言いきったので、誰かとの約束を守るために、私がこれ以上何を聞いても答えてはもらえないのだと察した。私には知らせたくない事情が潤さんにあることは間違いない。
私は葉月の家に着くまでの間、また黙って窓の外を眺めながら、どうにかしてその真相を知る手段はないものかと考え続けた。
その夜から葉月の家でお世話になることになった。
葉月は元気のない私を気遣いながらも、潤さんのことは何も話してくれなかった。
「明日は病院に行くんやろ?予約何時?」
「10時」
「私は会社行くし、7時前に起きて8時には家出るけど……一人で大丈夫か?」
「うん、大丈夫。私も同じ時間に起きる」
「わかった。ほな、今日はもう寝よか。おやすみ」
「おやすみ」
葉月が用意してくれた布団に横になって目を閉じると、潤さんの顔ばかりが浮かんだ。
潤さんはどこで何をしているのかとか、それを知られたくないほど私のことはもうどうでも良くなってしまったのかとか、そんなことばかりが頭をよぎる。
慣れない場所のせいもあるのか、葉月が寝息をたて始めてしばらく経ってもなかなか眠れず、何度もため息をついた。
葉月も伊藤くんも、おそらく瀧内くんも、潤さんのことを知っているのに、誰との約束かは知らないけれど私には何も話してくれない。疎外感に苛まれ、無性に寂しくなってしまう。
「潤さん……」
思わず声に出して呟くと涙がこぼれ落ち、止めることができず嗚咽がもれる。葉月を起こしてしまわないように布団に潜り込んで声を殺し、パジャマの袖で涙を拭った。
もしあのとき、潤さんと会えなくなるのがこんなにもつらいことなのだと知っていたら、私はきっと潤さんがどんなにすごい家柄の人でも、迷うことなくプロポーズを受けただろう。
たとえその先に大きな苦労があったとしても、潤さんに会えなくなるよりはずっとましだから。
翌日は9時に葉月の家を出て電車で病院へ向かい、予約時間の10時を10分ほど過ぎた頃に名前を呼ばれた。
今日はこれと言って時間のかかる検査や治療などはなく、経過観察程度の診察だったので、思ったよりかなり早く済んだ。
会計を済ませてから、院内のカフェで買ったコーヒーを中庭のベンチに座って飲んでいると、下坂課長補佐によく似た女性が、正面玄関の自動ドアから入って来るのが窓ガラス越しに見えた。
遠目に見ても本人かと思うくらいよく似ている。だけど今は就業時間内だから、下坂課長補佐が病院に来るわけがない。
そう思いながらコーヒーを飲み終え、中庭を出てロビーに戻ると、病棟用のエレベーターから降りてくる下坂課長補佐にバッタリと出くわした。
さっきの人はやっぱり下坂課長補佐だったんだ。誰かのお見舞いにでも来たんだろうか。
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