Accidents will happen ⑫

 私は実家に戻るときに着てきた服を洗濯に出したことを思い出し、リビングに行って、洗濯してもらった服はもう乾いているかと母に尋ねた。


「乾いてるけど……それがどうしたの?」

「今から会社に行く!」


 キッチンで食事の準備をしていた母は、私の勢いに驚いて手に持っていた菜箸をポロリと落とした。


「えっ?!会社に行くって……あんた、有給中なんでしょ?それにもう夜よ?会社に行ってどうするの」

「どうしても確かめなきゃいけないことがあるの!」

「ちょっと待ちなさい!今から行ったら何時になると思ってるの?そんな時間に行ったって誰もいないでしょう!」

「だったら直接家に行くからいい!」


 母は取り乱す私を慌てて捕まえ、折れていない方の右腕を捻り上げた。


「痛い痛い痛い!!」

「志織、ちょっと落ち着きなさい!」

「痛いよ、離して!」


 さらに強い力で腕をつかまれ、あまりの痛さに涙がにじむ。


「ここにいる間は家でおとなしくしてるって約束するなら離してあげる」

「わかった、約束するから離して!」

「わかればよろしい」


 母は私から手を離し、無理やりソファーに座らせた。


「あんたは今、なんのためにここに帰ってきてるの?」


 いつもより少し低い母の声は、私に自分の置かれている状況を思い出させた。

 母はギプスで固定され三角巾で吊られた私の左腕をじっと見ている。


「……療養のため」

「そうね。そんな体でこんな時間から出かけて、何かあったらどうするの?それでまた事故にでもあったら、私は面倒見きれないわよ」

「はい……ごめんなさい……」


 私は自分で自分の身の回りのことができないから、母の世話になるためにここにいるのだ。母が心配するのも当然だと思う。


「一体何があったの?」

「昨日からずっと潤さんと連絡が取れなくて……葉月も伊藤くんも瀧内くんも、今日の昼からずっと……」

「それで焦って出て行こうとしたわけね」


 黙ってうなずくと、母は小さな子どもにするように私の頭を優しく撫でた。


「大丈夫よ。あの人たちは志織が心から信頼できる人たちなんでしょう?意味もなく志織を嫌ったりしないはずよ」

「うん……。だからきっと何か理由があるんじゃないかと思って、それを確かめに行こうと……」


 私がそう答えると、母は少し驚いた顔をした。


「そう思えるようになったんなら大丈夫ね。いろいろ気になるだろうけど、まずは自分の体を大事になさい。向こうにも何かしらの事情があるかも知れないからね」


 母に諭された私は出かけることを断念して連絡を待った。

 夜遅くになってようやく葉月からのトークメッセージが届いた。

 葉月はゆうべスマホの充電をせずに寝てしまい、今朝慌てて充電していたら、うっかりそのまま忘れて出掛けてしまったそうだ。そして仕事のあとは伊藤くんと瀧内くんのバレーの練習に付き合っていたらしい。

 なんでも日曜日に地域の4チームが集まって練習試合をすることになったので、急遽中学校の体育館を借りて、集まれるメンバーだけで遅くまで練習していたのだと言う。

 ちなみに伊藤くんと瀧内くんは午後から定時ギリギリまで、年明けに発売される新商品の社内研修に出席していて、そのあとは練習に行くため急いでいたから、私からの連絡に気付かなかったそうだ。

 本当に偶然がいくつも重なっただけなんだろうか?そこは少し腑に落ちないけれど、疑っても自分が不安になるだけなので信じることにした。

 葉月は【明日は朝から志岐と出かける約束してるからお風呂入って寝るわ!おやすみ!】としめくくっていた。

 本当は潤さんのことを聞きたかったけれど、もう夜も遅いし、これ以上メッセージを送るのはやめた。

 とりあえず葉月たちと連絡が取れなかった理由もわかってホッとしたことだし、私も休むことにしようとベッドに入る。

 それにしても潤さんは今どこで何をしているんだろう?本当に心配だけど、今はどうすることもできない。

 明日こそは潤さんと連絡が取れますようにと祈りながら眠りについた。



 結局、潤さんとは連絡が取れないまま月曜日を迎えた。

 葉月も土曜は伊藤くんとデートで、日曜は練習試合を観に行くと言っていたから、邪魔するのも悪いと思って、連絡はしなかった。

 夜の7時になる少し前、葉月と伊藤くんが車で迎えに来てくれて、母の作った夕飯を一緒に食べてから実家を出た。

 私が後部座席で窓の外を眺めながらぼんやりしていると、葉月と伊藤くんが、私の母の手料理が美味しかったとか、私の作った味噌汁と母の味噌汁の味が似ていると話していた。味噌汁は子どもの頃に、唯一母に習った料理だから、似ているのは当然だと思う。

 以前、婚約者のふりをした潤さんが、その味噌汁を毎朝飲みたいとバレーサークルのみんなの前で言ったことは覚えているはずなのに、二人ともそこには一向に触れようとしない。


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