Accidents will happen ⑪
美味しいものを食べるために、お金をかけようと思えばいくらでもかけられるはずなのに、私の作った味噌汁を、『美味しい』『毎朝飲みたい』と言ってくれた潤さんも、お父さんと同じ感覚を持っているのだと思う。
よくよく考えると、潤さんはいつも仕立ての良さそうな品の良いスーツや、実用性を重視した丈夫そうな鞄や時計を身につけていて、デザイン重視の高級ブランド品を身につけたりはしていない。
車も無駄に燃費の悪い外国産の高級車ではなく、人を乗せるのに便利だからと言う理由で、燃費の良い国産のミニバンに乗っている。
潤さんはいつも私と言う一人の人間を優しく見守り、私が困ったり悩んだりしているときには、さりげなく助けたり励ましたりして、常に気遣ってくれていた。
私が好きになったのは、誰に対しても分け隔てなく気遣いのできる、誠実で優しい潤さんだったはずなのに、潤さんが大企業の御曹司だと知った途端、自分の先入観と言う分厚いフィルターを通して潤さんを見てしまっていたのだと気付いた。
今はただ、潤さんに会いたい。
潤さんの声が聞きたい。
誰よりも潤さんを好きだからずっと一緒にいたいと言う、私の今の気持ちを素直に伝えたい。
今ならまだ間に合うだろうか。潤さんの返事を聞くのは正直言って怖い気もするけれど、立ち止まっていては何も始まらない。
私はスマホを握りしめてひとつ大きく深呼吸をしたあと、潤さんの電話番号を画面に映し出し、思いきって通話ボタンを押した。
おそるおそるスマホを耳に当てると、呼び出し音を聞くこともなく、『電源が入っていないか電波の届かない場所に……』という機械の音声が流れた。出鼻をくじかれ拍子抜けした私は、首をかしげて通話終了ボタンを押す。
スマホの充電が切れてしまっているんだろうか?
時計を見ると、すでに9時半を回っている。何かの間違いかと思ってもう一度電話をかけてみたけれど、やはり結果は同じだった。
もしかしてまだ仕事中でスマホのバッテリーが切れたまま充電ができないでいるのか、それとも携帯の電源を切らなければいけない場所にいるのか。潤さんの状況はわからないけれど、もう少し経ってからかけてみようと思いながら、ベッドの上にスマホを置いた。
しかしその夜は、何時になっても潤さんに電話が繋がることはなかった。
翌日も何度も潤さんに電話をかけたけれど、相変わらず機械の音声が流れるばかりで、トークのメッセージを送ってみてもメッセージはずっと未読のままだった。
仕事が忙しいからと言って、バッテリーが切れたままスマホをこんなに長い間放置するだろうか?
いや、潤さんは営業職だし、課長なのだから、連絡が取れないままにするなんて言うことはあり得ない。
もしかして私、着信拒否されてる……?
トークもブロックされているからメッセージに気付かないのかも……。
潤さんの中で私とのことはもう完全に『なかったこと』になっているから、私からの連絡はすべてシャットアウトされているのではないかと、だんだん不安になってしまう。
会社に行って本人に直接会って確かめようかと思ったけれど、その前に潤さんがどうしているのかを他の人に尋ねてみようと、葉月にメッセージを送った。
しかしいつもなら休憩の時間になると必ずメッセージに既読がついて返事をくれるのに、休憩時間を過ぎても定時になっても、返事をくれるどころか既読にもならない。電話をしても呼び出し音が鳴るばかりで応答がない。
それは伊藤くんも瀧内くんも同じで、今までになかった状況に胸騒ぎを覚える。私は潤さんだけでなく、葉月や伊藤くん、瀧内くんにまで避けられているのかも知れない。
あちらの状況がまったくわからない分だけ余計に不安になってきて、もしかしたら私はみんなに嫌われてしまったのではないかとか、何か嫌われるようなことをしただろうかとか、いろんな考えがぐるぐると頭を駆け巡る。
それと同時に、友達だと思っていたクラスメイト数人から、ある日突然無視されて孤立した小学校高学年の頃の苦い経験が蘇った。
私の何がいけなかったんだろう?私はまた理由もわからないまま、ひとりぼっちになってしまうのかな……。
どんどん悲しくなって涙がこぼれ落ちそうになった瞬間、私のことを好きだと言ってくれた葉月の笑顔を思い出した。
しっかりしろ、私!ここで弱気になってどうする!立ち止まっていては何も始まらないから、前に進もうと決めたじゃないか。
葉月は嘘なんてついたりしない。伊藤くんも瀧内くんも、いつも私のことを気にかけて励まし力になってくれる。
きっと何か理由があるはずだ。やっぱり自分で行って確かめるしかない。
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