Mother Quest ~ラスボスが現れた!~⑨
車に戻ってシートベルトをしめながら、潤さんは紙袋の中を覗き込んだ。
「喜んでくれるかな?」
「すごく喜ぶと思いますよ。美味しいお茶と一緒に和菓子を夫婦で楽しむのが至福の時だって、いつも言ってますから」
私がそう言うと、潤さんは車のエンジンをかけてカーナビの操作をしながら微笑んだ。
「志織のご両親は仲がいいんだな」
潤さんにそう言われて私は考える。
たしかに両親の仲は悪くはないと思う。だけど誰が見ても仲が良いと言うほどでもないような気もする。
「悪くはないと思うけど……わかりやすく仲良しってこともないかな……。いつも一緒にいるわけでもないし、とにかく性格が真逆で趣味も合わないのになんで結婚したんだろうって、子どもの頃はよく思ってました」
「へぇ……それでも結婚して何十年も経っても、一緒にお茶飲みながらお菓子を食べるのが至福の時なんだから、やっぱり仲がいいんだろうな。うらやましいよ。俺も志織とそんな夫婦になりたい」
私にとってはあたりまえの両親のそんな姿が、潤さんにとってはうらやましいと思える理想の夫婦像として映ったようだ。
もしかしたら潤さんの両親は、他愛ない会話をしながら仲良くお茶を飲むようなことはなかったのかも知れない。
「私たちはうちの両親よりもっと仲良し夫婦になりましょう。結婚して何年経っても一緒にバレーとか料理とかして、毎日たくさん笑って幸せに暮らしましょうね」
「うん、そうだな。俺は志織といられて今もすごい幸せだけど……もっと幸せになれるんだって思ったら、志織と一緒にめちゃくちゃ長生きしたくなってきた」
潤さんは嬉しそうに笑って車を発進させた。そんな潤さんの笑顔を見ると、胸の奥があたたかくなって、幸せな気持ちになる。
潤さんとならこの先何があっても、今の気持ちを忘れずにいられそうな気がした。
実家に着いたのはあと15分ほどで約束の11時になると言う時間だった。
「あと15分か……。まだ少し早いかな?」
「いえ、母はせっかちなので、遅くなるよりはずっといいと思います」
手土産の和菓子の入った紙袋を持って車を降り、インターホンのボタンを押すと、息をつく間もなく母が玄関のドアを開けた。
なんとなく想像はしていたけど、せっかちな母のことだから、早起きして潤さんをお迎えする準備を整え、今か今かと待ち構えていたんだろう。
「おかえり」
「ただいま」
私に「おかえり」と言いながら、母の視線はもうすでに私の半歩後ろに立っている潤さんの方を向いている。
「はじめまして、三島です。本日は急な申し出でしたのに、お招きいただきましてありがとうございます」
潤さんはいつも以上に背筋を伸ばしてそう言うと、深々とお辞儀をした。
固い固い……。これは相当緊張してるな、潤さん……。
母にも潤さんのド緊張ぶりが伝わったらしく、少し笑いをこらえながら私の方をチラッと見た。
印象は悪くないらしい。
「いらっしゃい、そんなに固くならなくても大丈夫ですよ。どうぞお上がりください」
「はい、お邪魔します」
潤さんは今にも体の節々から音が聞こえてきそうなほどギクシャクした動きで靴を脱いで振り返り、しゃがみ込んで脱いだ靴を丁寧に揃えている。
「潤さん、母も言ってましたけど、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。うちはこの通りどこにでもある一般家庭なので、もっと気楽にしてください」
私がとなりにしゃがんで小声でこっそりそう言うと、潤さんは顔をひきつらせた。
「いや……どんな家であろうと関係ないよ。これから志織のご両親にご挨拶するんだと思うとめちゃくちゃ緊張して……」
「いつも通りでいいんです。潤さんはそのままでじゅうぶんすぎるくらい好青年なんだから」
「『どこの馬の骨ともわからんお前なんぞに大事な娘はやらん!』とか言われたりしないかな……」
なんだそれは!今どき、そんな大昔のホームドラマみたいなことを、うちの親が言うわけないのに!
思わず吹き出してしまいそうになりながら、潤さんの背中を優しくさする。
「私の両親が潤さんを気に入らないわけがないでしょう?潤さんは私が選んだ人ですよ?自信持って」
「……善処します」
追い詰められた営業マンみたいな返しに、また笑いがこみ上げてきた。本当に真面目な人だ。
私は周りを見回し、誰も見ていないことを確認してから、潤さんの頬にすばやくキスをした。潤さんは少し驚いた顔をして、指先で自分の頬に触れる。
「ちょっとは落ち着いた?」
「ビックリした……けど、ちょっと落ち着いた」
「良かった。さぁ、行きましょう」
「……うん」
廊下を通ってリビングに入ると、奥のソファーには新聞を広げている父の姿があった。
こちらも落ち着かないらしい。いつもはその場所で新聞を読んだりしないのだ。
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