Mother Quest ~ラスボスが現れた!~⑩
「お父さん、ただいま」
「ああ……おかえり」
父は新聞から視線を外してこちらをチラッと見たかと思うと、またすぐに慌てて新聞の方に視線を戻した。
どうやら潤さんと目が合ってしまったらしい。
「はじめまして、三島です」
「どうも……いらっしゃい……」
潤さんが挨拶しても、父は顔も見ないでボソボソとそう言った。そしてまた新聞の影から、そっとこちらの様子を窺う。
……何やってんだ、父よ。
かくれんぼでも始めるつもりなのか? それとも『だるまさんが転んだ』か?
父の挙動不審な態度に少し困っているのか、潤さんは苦笑いを浮かべて立ち尽くすばかりだ。
キッチンでお茶の用意をしながらカウンター越しにこの様子を見ていた母も、呆れた様子でため息をついた。
「何やってるの、お父さん。緊張するのはわかるけど、父親なんだからこんなときくらいはシャキッとなさい」
「……はい」
本当に真逆の二人だ。いつも通り母に従順な父の姿に安心して、思わず笑みがこぼれる。
「志織もぼんやりしてないで、三島さんを客間にお連れして」
「はい」
母に促され、潤さんをリビングの奥の和室に案内した。その少しあとで父もやって来て、テーブルをはさんで潤さんの向かいに座る。
私はそれを見届けてから、何か手伝うことはないかとキッチンへ向かおうとした。
潤さんは手土産の紙袋に両手を添えて父の前に差し出している。
「これ、よろしかったらどうぞ。お口に合うといいんですが……」
「お気遣いありがとう。遠慮なくいただきます」
誰がどう見ても、この家で一番強い権力を持っているのは母だと思うだろうし、それだと手土産は母に渡しそうなものなのに、潤さんはなぜ父に渡したんだろう。
不思議に思いながら父が手土産を受け取るのを眺めていると、客間にお茶を運ぼうとしていた母が私のそばで立ち止まった。
「ちゃんとわかってるのねぇ……感心したわ」
母はそう呟いて、さっさと客間に向かう。
わかってるって……何が?私にはさっぱりわからない。
母に続いて客間に入ると、父は紙袋に印刷された店名を見て嬉しそうに笑っていた。
「お父さん、やけに嬉しそうだね。どうしたの?」
「ん?お父さんはこの店の和菓子が大好きでね。三島くん、開けてもいいかな?」
「どうぞ」
ソワソワして子どものように笑っている父を見て、潤さんはホッとしたようだ。
父はいそいそと包装紙をはがして箱を開け、ひときわ嬉しそうに笑った。
「栗饅頭と大福が有名なんだってね」
「もちろんそれも好きだけど、お父さんは特にこれ……きんつばが好きなんだ。嬉しいなぁ」
「良かったわね、お父さん」
母は湯呑みに注いだお茶をまずは父の前に置く。それから潤さんと私の前にもお茶を置き、テーブルの真ん中にお茶菓子を置いた。
「二人とも和菓子が好きだから喜ぶとは思ってたけど……そんなに喜んでくれるとは思わなかった」
「お父さんが一番好きな和菓子屋さんなのよ。知らなかった?」
「知らなかったけど、潤さんがここにしようって。取引先の社長さんに、この店の栗饅頭と大福が美味しいって教えてもらったんだって。きんつばは潤さんが選んだの」
「潤さんっておっしゃるの?」
母が潤さんの方を向いて尋ねると、潤さんは正座をしたまま背筋を伸ばし、またかしこまって深々と頭を下げた。
「はい、三島潤です。志織さんとお付き合いさせていただいています」
「志織の母です。志織がいつもお世話になってます」
母が挨拶をすると、潤さんは恐縮した様子で「こちらこそ」とまた頭を下げる。
「お父さんも挨拶くらいしたら?」
母に促され、父もきちんと座り直して潤さんに頭を下げた。
「志織の父です。志織がいつもお世話になってます」
母と同じことを言うんだな。初めて娘に恋人を紹介されるときって、こんなものなんだろうか。
潤さんもまた父に向かって「三島潤です、よろしくお願いします」と言って深々と頭を下げる。
「そんなにかしこまらないで。今日はゆっくりして行ってくださいね」
ゆっくりして行けと言われたら、逆にプレッシャーに感じるんじゃなかろうか。
ここまではごく普通に『初めて娘に恋人を紹介される両親の姿』だけど、うちの母はこのまま和やかに終わるような、そんな生易しい性格ではない。
帰る頃には潤さんが怯えてなければいいけど。
「それじゃあ早速お聞きしますけど……」
……来た。
警察官も真っ青の取り調べみたいになるんじゃないだろうかと不安がよぎる。
「いつ結婚するの?」
あまりにも唐突な母の質問に、潤さんは口に含んでいたお茶を危うく吹き出しそうになった。
これには私も度肝を抜かれてしまった。
「お母さん!普通そんなこといきなり聞く?!」
「えっ?だってそのつもりだから挨拶に来たんでしょ?」
うろたえる私に対して、母はあっけらかんとそう言った。
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