Mother Quest ~ラスボスが現れた!~⑧
「違いますよ。あのときは潤さんのこと好きって言えないけど、どうしても好きだって言いたくて、あんな言い方になったんです」
「俺もずっと好きだからって、志織のこと言ってた。俺たち、お互いに同じことしてたんだなぁ……」
私たちはお互いの気持ちに気付かず、片想いをしていたらしい。
さっさと相手に気持ちを伝えればこんなに回りくどいことはせずに済んだのにと思うけど、それはお互いの気持ちが通じ合った今だから言えることだとも思う。
長い信号待ちのあと、潤さんはゆっくりと車を発進させてから、前を向いたままでためらいがちに口を開いた。
「こんなこと聞くのもなんだけど……もう未練はないの?……橋口に」
「…………えっ?」
まさか潤さんの口からその名前が出てくるとは思わなかった私は、驚きすぎて返す言葉が出てこない。
「志織は隠したがってるみたいだったから言わなかったけど……俺は志織と橋口が付き合いだした頃から知ってた」
「……なんで?」
「俺が志織に告白しようって思ってたときに志織から『歳下の彼氏ができた』って報告されて、そのすぐあとに橋口から『志織はもう俺の彼女だから、あんまり気安く誘ったり触ったりしないでくださいね』って直接言われたから」
いろいろ面倒だから、付き合っていることは会社では秘密にしておこうと約束していたのに、護はその約束をすぐにやぶっていたらしい。
しかもよりによって、当時まだ入社2年目だった若造の護が、5年も先輩の潤さんに向かってそんな大口を叩くなんて!
「知らなかった……。会社では秘密にしておく約束だったのに、潤さんにまでそんな失礼なこと言ってたんですか……。私は葉月以外の会社の人には隠してたのに」
「橋口は俺がずっと志織のこと好きだったことに気付いてたみたいだから、牽制されたんだと思う。でも居酒屋で玲司と木村と一緒に飲んだときに、志織が『友達が婚約者に浮気された』って相談してきただろ?あのとき、もしかしたら志織自身のことなんじゃないかと思ったから、橋口が結婚したがってるって話して探りを入れてみた」
まさかの真相を明かされ、私はただ戸惑うばかりだ。
私が護と付き合っていたことも、護に浮気をされて悩んでいたことも、私から潤さんに直接話したことなどないのに、それを知られていた上に隠し通せているつもりでいたのだと思うと恥ずかしい。
やっぱり潤さんは私が思っていたよりずっと策士だと思う。
「気付いてたなら言ってくれれば良かったのに……」
「言えるわけないだろ?橋口と別れて俺と付き合ってくれとか……」
「そこまで言えとは言ってませんけど……どちらにしても私はもう彼には未練なんかないし、今は潤さんのことしか考えてませんよ。そうでなければ両親に紹介しようなんて思いません」
「……橋口は紹介しなかったのか?一時は結婚も考えてたんだろ?」
「うーん……彼と結婚したいと言うよりは、ただ単に年齢的に結婚がしたいなと思ってただけなのかな……。ちなみに両親に紹介するのは潤さんが初めてです」
私がそう言うと、潤さんは端から見てもハッキリとわかるくらいに口元をゆるめた。
私にとっても潤さんは特別な人だということがわかってもらえたようだ。
「そうだ……。ご両親に手土産を持って行きたいんだけど、何がいいかな?やっぱり甘いものとか……」
「二人とも和菓子が好きですよ。特に好きなのはつぶ餡のたっぷり入ったお菓子ですね」
時計を見ると、そろそろお店も開店する時間だ。実家に着くまでの道のりで、どこか良さそうな和菓子屋さんはあるだろうか。
「和菓子か……。そう言えばもう少し行ったところに、栗饅頭と大福が美味しいって評判の店があるって言ってたな」
「誰が?」
「取引先の社長。すごい甘党で、あの店の何が美味しいとか教えてくれるんだ」
さすが仕事のできる営業マンは情報網が広い。それになんと言っても潤さんは、人柄の良さと仕事の早さと丁寧さで、取引先の社長や担当者からとても好かれている。
私が営業部で潤さんの事務の担当をしていたときには、あまりの仕事量に驚いたほどだ。
「じゃあそのお店に行ってみましょう」
それから私たちは、実家へのルートからほんの少し外れた場所にあるその和菓子屋さんに寄った。
ちょうど開店するところだったようで、店員が店先にのれんを出している。
「もう中に入っても大丈夫ですか?」
潤さんが声をかけると、店員は「どうぞ」とにこやかに笑った。
ショーケースの中に並んだお菓子はどれも美味しそうで目移りしてしまう。
「評判の栗饅頭と大福は外せないだろ。他にもいくつか見繕って、化粧箱に詰め合わせてもらおうか。どれがいいかな」
「そうですねぇ……」
季節に合わせて
両親の喜ぶ顔が目に浮かぶ。
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