Mother Quest ~ラスボスが現れた!~⑦
「そろそろ出発しても大丈夫かな」
「大丈夫です」
車を少し走らせたところで、潤さんはさっきの話の続きをし始めた。
「部長と野田課長も一緒に食事をしたあとのことだけど……3人とも食事しながらそれなりの量のワインを飲んでちょっと酔ってたから、飲んでなかった俺が車で送ることになった」
なるほど、下坂課長補佐だけを送ったわけではなかったようだ。それなら下坂課長補佐を車に乗せたことにも納得できる。
普通に考えると、助手席には一番目上の部長を乗せるはずだ。
「じゃあ助手席には部長が乗ったんですか?」
「いや……部長は男同士の方が気楽だからって、野田課長と真ん中のシートに乗った。男性が女性と一緒に座って、ちょっと手が当たっただけでセクハラって言われるとか、部署内で面倒なことが起こるのがいやだったんじゃないかな。それで助手席には彼女が乗って……」
「こっそり置き土産を残して行ったわけですね」
下坂課長補佐がこの車にイヤリングを落として行ったのは、おそらく潤さんの車に乗せてもらう口実だったのではないかと思う。単純に耳から外れて落ちただけなら、あんなにわかりづらい場所にはなかっただろう。
「もしかしてあのイヤリング……志織を牽制するためにわざと落として行ったのかなぁ……」
潤さんが右のウインカーを出して、右折レーンに車線変更をしながらそう呟いた。
私は下坂課長補佐がなぜ私を牽制する必要があったのかと首をかしげる。
「どうして私を?」
「お土産渡そうとしたときに顔を合わせて、そのあと俺が急いで車で出かけただろ?部長たちと食事しながら、後輩たちとバレーをやってるって話したら、そのメンバーは誰かって聞かれて志織の名前も出てるし……練習場所までどうやって行くのかって聞かれたから、俺が車でみんなを送り迎えしてるって話もしたし……もしかしたらって思ったのかも」
「女の勘ってやつですかね」
潤さんの推測が正しかったとして、そのとき下坂課長補佐は、私とは二度ほどチラッと顔を合わせただけだったはずなのに、潤さんとの関係を怪しんでいたとしたら、女の……いや、下坂課長補佐の勘は恐ろしいとしか言いようがない。
私なんか6年半も潤さんが好きでいてくれたことにもハッキリ言われるまで気付けなかったのに。
いや……これは私が鈍感なだけか?
「そうそう、イヤリングは人事異動があった日に会社で渡したよ。そのためだけに二人で会うのはいやだったから」
潤さんと下坂課長補佐の間には本当に何もなかったらしい。私の完全な取り越し苦労だったと言うわけだ。
些細なことだけど、これで心に引っかかることはなくなった。
「そうなんですね。気になってたこと聞けてスッキリしました」
私が笑いながらそう言うと、潤さんは赤信号でゆっくりブレーキを踏んで車を停車させてから私の方を見た。
「あのさ……俺もこの際だから聞くけど……志織は俺のことなんか全然意識してなかっただろ?」
予想外の潤さんの問いかけに、私は少し首をかしげる。
「デートの帰り際に俺がキスしそうになったあとも、志織は『気にしてない』って言ってたし……」
「だってあれは……『どうしてあんなことしたんですか?』なんて聞くのも気まずいし、私のことなんとも思ってないのに、その場の雰囲気とか勢いでそうしちゃったのかなと思って……。それにそのときはまだ潤さんに恋愛感情はなかったし……」
「うん、まぁそうだろうなとは思ってた。けど、そのときはそうだったとしても、彼女がまた俺の前に現れたことで、少しくらいは気にしてくれるのかなって思ったんだけど……。車の中で彼女のイヤリング見つけても『私には全然関係ない』とか言って、俺のことにはまったく興味なさそうだったから、けっこうショックだった」
潤さんはそう言いながら、少し恥ずかしそうに目をそらす。
潤さんには好きな人がいると思い込んでいた私が、傷付かないようにと何度も自分に言い聞かせていた言葉だ。それが知らないうちに潤さんを傷付けていたことには気付かなかった。
「好きな人の昔の彼女が出てきて気にならないわけないでしょう……。本当はすごく気になってしょうがなかったけど、潤さんが幸せなら邪魔しちゃいけないと思ってたんです。私は偽婚約者なんだからって……」
潤さんには私の気持ちを知られてはいけないと、なんともないふりをしていたときのことを振り返ると、胸の奥が片想いの痛みを思い出した。
「うん、そうか……。ごめんな、俺は志織が彼氏とちゃんと別れてから好きだって言おうと思ってたんだ。でも志織は彼氏と別れるつもりだって言ってたのに全然そのことについて何も言わないから、いつになったら別れるんだろうって思いながら待ってたけど……他に好きな人ができたから婚約解消したいって言われて、もしかしたらその相手は有田課長じゃないかと思った」
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