Mother Quest ~ラスボスが現れた!~④

「あのね、潤さん……こんなことを聞くのもいまさらなんだけど……聞いてもいい?」

「うん?なに、改まって」


 信号が青に変わり、潤さんはゆっくりと車を発進させた。

 運転中にこんな話をするのもなんだし、私の家に着いてからにした方がいいだろうか。そんなことを考えて話を切り出すのをためらっていると、潤さんは「聞きたいことって?」と話を促す。


「えっとね……前にこの車に乗せてもらったときに、助手席の下に落ちてたイヤリングのことなんだけど……あれって、下坂課長補佐のものなんでしょう?」


 思いきって尋ねると、潤さんはほんの少し顔をしかめた。


「そうだよ。あのあとすぐに返したから俺にはもう関係ないけど……」


『何もこんなときに聞かなくても』と思っているかも知れない。機嫌を損ねてしまっただろうか。

 だけどこのまま話すのをやめると、お互いにいやな気持ちしか残らないので、そのまま続けることにした。


「下坂課長補佐をこの車に乗せたの?」

「乗せたよ。乗せたけど……。そうか、ちゃんと説明してなかったから誤解されてもしかたないよな。ごめん、ちゃんと話すよ」


 潤さんはハンドルを握り前方を見ながら、下坂課長補佐との間にあったことを話し始めた。


「まず最初に……そうだな、志織にお土産を渡そうと思ってうちに寄ったときに彼女が尋ねてきて……急に志織が帰ったあとのことだけど」


 あのとき私は、『この人が潤さんの好きな人なんだ』と思ったらいたたまれなくなって、逃げるように帰ってしまった。そのあと潤さんが家まで来てくれたけど、私には関係ないと言って、何も聞かなかった。

 もしかして下坂課長補佐を家に待たせて私のところに来たのかと思ったりもしたけれど、実際はどうだったんだろう?


「何か話したんですか?」

「話したと言うか……一方的に話されたと言うか。また本社の営業部に戻ることになったってことと、急に別の人と結婚してごめんなさいとか、離婚して今は独り身だとか……。今の俺にとってはどうでもいいことばっかりだったし、それより今は志織のことを追いかけないとってことで頭いっぱいだったから、細かいことはよく覚えてないんだけど……。適当に返事して、急いで行かなきゃいけないところがあるからって言って帰ってもらった」


 適当に聞き流したと言うことは、もしかしたらそのときに『本当はあなたが好きだったの』とか『もう一度付き合いたい』とか言われたのかも知れない。

 もしそうだとすると、下坂課長補佐は上の空の潤さんがした生返事を真に受けて、潤さんがまだ好きでいてくれていると勘違いしたと言う可能性もある。


「潤さん……そのときに好きだとか付き合いたいとか言われたんじゃないの?」

「さぁ……?記憶にないなぁ……。あ、でも、本当は俺のことが好きだったけど、結婚しろって親がうるさかったとか言ってたな。そんなことをいまさら言われてもどうしようもないから、『ああ、そう』って思った」


 潤さんは下坂課長補佐のことは本当にどうでも良かったらしい。そんな風に思われていたことも知らずに必死でアプローチしていた下坂課長補佐がほんの少しだけ気の毒だ。

 話しているうちに車は私の住むマンションに到着した。駐車場の来客用のスペースに車を停めて私の部屋へ向かう。

 部屋の中に入ると、潤さんは物珍しそうにキョロキョロと部屋中を見回した。


「いつもは駐車場までしか送ったことなかったから、志織の部屋に入るの初めてだ」

「そうですね。でもここ最近忙しくて散らかってるから、あんまり見ないでください」


 金曜日の朝にベッドの上に脱ぎ捨てたままになっていたパジャマや、読みかけのまま床の上に放置していた雑誌に気が付き、慌てて拾い上げる。


「そうか?俺は気にならないけど」

「それじゃあ私、これから支度しますけど……その前にコーヒーでも淹れましょうか?」

「おかまいなく。俺のことは気にしなくていいから、出かける支度しておいで」


 まさか潤さんを部屋に入れるとは思っていなかったから、もしかするとまずいものが転がっているかも知れない。たぶん大丈夫だとは思うけど、一応念を押しておこう。


「それじゃあ……ちょっと待っててくださいね。その辺にあるもの勝手に見たり触ったりしないでくださいよ!」

「ふーん?何か俺に見られてまずいものでもあるのかなぁ……。元カレの写真とか」


 しまった、墓穴を掘ってしまったようだ。

 だけど私は好きな人の写真を部屋に飾ってうっとりするような、かわいい性格ではない。


「そんなのはないと思いますよ。私、彼氏の写真を飾ったりするタイプではないので」


 クローゼットを開けて服を選びながらそう言うと、潤さんはカーペットの上に腰を下ろしてクッションを手に取った。


「俺は志織が営業部にいたときに一緒に撮った写真、今も部屋に飾ってるけど」

「えっ、ホントに?!」


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