Mother Quest ~ラスボスが現れた!~③
「んー……志織……」
今の頬ずりで起きたのかと思ったら、潤さんはまだ眠っていて、眠ったまま私の肩を抱き寄せる。眠っていても私の名前を呼んで抱きしめてくれるなんて、これを幸せと言わずして何と言おうか。
「潤さん、起きて」
そっと体を揺すると潤さんはほんの少し眉を動かしたけれど、起きる気配がない。
「起きないとキスしちゃうぞ」
少しふざけて瀧内くんに教えられた言葉を言ってみると、潤さんは軽く唇を突きだした。
……なんだ、起きてるじゃないか。
眠り姫さながらに目覚めのキス待ちで、眠ったふりを決め込んでいるようだ。笑いをこらえながら唇に軽くキスをしてみたけれど、潤さんはまだ起きてくれない。
「あれ?起きないな……」
もう一度軽く口付けると、潤さんは私の体を思いきり抱きしめて、何度も短いキスをした。そしてベッドに横になったまま、腕の力だけで私をヒョイと抱き上げ、自分のお腹の上に乗っけた。
無駄なく引き締まり細身に見える潤さんの体は、ほどよく筋肉がついていてとても力強く、私の体なんか軽々と持ち上げてしまう。
「起こすつもりならこれくらいしてくれないと」
「もう……ホントは起きてたくせに……」
お腹にまたがったまま上半身を倒して、厚みのある胸に顔をうずめると、潤さんの鼓動が響いてきた。私の鼓動と重なって、なんとなく安心する。
「こういうの、ちょっとドキドキする」
「え?」
「なんか志織に押し倒されてるみたい」
そんなことを言われると、私が潤さんに襲いかかるところをほんの少し想像してしまい、この体勢が無性に恥ずかしくなる。
「もう……またそんなことを……。そろそろ起きないと遅くなりますよ」
急いで潤さんのお腹から下りようとすると、潤さんは私を逃さないようにつかまえて顔を近付けた。
「このままでもう1回キスしてくれたら起きる」
「ホントに1回だけ……キスだけですよ……?」
「うん、だから1回だけキスして」
このまま昨日のようにズルズルとベッドにいるわけにはいかないので、『キスを1回だけ』と念を押してから唇を重ねると、潤さんは私の頭を引き寄せしっかりホールドして、舌で私の唇をこじ開け、口の中を舐め回すような濃厚で長い長いキスをした。
あまりにも激しくて長いキスにだんだん息苦しくなり、身をよじらせてなんとか唇を離す。
「もうっ!潤さん!」
「さて、一応満足したことだし、出かける支度をしようかな」
潤さんはご機嫌で起き上がり、また私を抱き上げてベッドから下ろす。
朝からなんて超絶激甘だ!もしかして結婚したら毎日こんな感じになるのか?
「まずは志織の家に寄って、朝食は途中でコンビニにでも寄るか、時間があったらどこか店に入って食べようか」
「そうですね」
潤さんはクローゼットからスーツやワイシャツを出して着替えを用意し始めた。
私も1階に下りて顔を洗い、リビングに掛けておいた自分のスーツに着替える。化粧は自宅に戻ってからすることにした。
それから戸締まりをして、潤さんの車に乗り込んだ。この車に乗るのはたったの1週間ぶりなのに、なんだかとても久しぶりのように思える。
シートベルトをしめているとき、不意に下坂課長補佐のイヤリングをこの車の助手席の下から見つけ出したことを思い出した。
あれはつまり、この席に下坂課長補佐を乗せたと言うことだよね?触れられるどころか二人きりになるのも苦痛だと言っていたのに、どうしてこの車という動く密室にあの人を乗せたのか?
そしてあのイタリアンレストランから二人で出てきたことも気になる。
「シートベルトしめた?出発するよ」
「あっ、はい」
私が返事をすると、潤さんはサイドブレーキを解除してゆっくりと車を発進させた。
流れていく外の景色を眺めながら、潤さんは一体どんな事情があって下坂課長補佐と一緒にいたのだろうかと考える。だけどいまさらこんなことを聞くのもなんだかな、とも思うし、今だからこそ聞けるような気もする。
潤さんのことだから、私を騙しているとか下坂課長補佐との間に何かあったとは思わないけど、気になってしかたがない。
「さっきから黙りこんでるけど、どうかした?」
信号待ちで車が止まったときに、潤さんが私の方を見ながら尋ねた。
聞こうか聞くまいかと悩んでいるうちについ無口になってしまった私を、潤さんは少し心配そうに見ている。
「もしかして、ご両親に俺を紹介するのをためらってる?」
「まさか!ちょっと考え事してただけです」
「それにしてはずいぶん深刻そうな顔してたけど……考え事って、俺には言えないようなこと?」
潤さんに言えないというよりは、聞かなければわからないことだ。
聞かなくてもなんの問題もないのだろうけど、このまま聞かずにいるとどんどん聞けなくなって、気にし続けなければならなくなりそうな気がする。
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