Mother Quest ~ラスボスが現れた!~①

 夕飯のあと二人で一緒に後片付けを済ませ、リビングのソファーに座ってコーヒーを飲んだ。


「明日の11時頃に伺いますって言ったけど、志織の実家まで車でどれくらいかな」


 私はいつも実家へは電車で帰るから、車での所要時間は正確には把握していない。実家の場所を伝えると、潤さんはタブレットを操作して地図を映し出した。


「この辺りかな」

「そう、この先をまっすぐ行って……ここ」

「えーっと……ここなら1時間ちょっとくらいで着くんじゃないかな。日曜だから渋滞することも想定して、9時頃に出ようか」

「そうですね……って、ちょっと待って潤さん」


 ゆうべからこの家にいたからすっかり馴染んでしまって、うっかりこの家から出掛けるような気分になっていたけど、私の家はここじゃない。化粧や着替えをするためには一度家に帰る必要がある。


「ん?どうかした?」

「私、今日は家に帰らないと」


 私がそう言うと、潤さんは露骨にがっかりして見せた。


「えーっ……今日帰るの?」

「だって、化粧とか着替えとか、出掛ける支度しないといけないでしょ?」

「それはそうだけど……俺は今夜も志織と一緒にいたいなぁ……」


 潤さんは少し甘えた口調でそう言って、私をギューッと抱きしめる。

 会社にいるときとは別人のような潤さんのかわいさに、私の母性本能がこれでもかというほどくすぐられた。


「……そんなに私のこと好き?」


 恥ずかしくて今まで誰にも言ったことはないけれど、一度は言ってみたかった台詞だ。

 普通ならここで、冷ややかな視線と共に『は?何言ってるの?』などという冷たい言葉が浴びせられそうなものなのに、潤さんは素直にうなずいた。


「そりゃもう、めちゃくちゃ好きに決まってるだろ」


 あまりにもストレートすぎる返事に胸がキュンと甘い音をたて、思わず顔がにやけてしまう。

 今までこんなに愛されたことがあっただろうか?いや、ない。

 そして私自身もこんなにも誰かを好きだとか、愛しいなんて思ったのは初めてだ。

 3年も付き合った護でさえ、好きだと思ってはいたけど胸がしめつけられるほど好きではなかったし、浮気をされたことがショックだと思いはしても、『この人がいなければ生きていけない』とか、そこまでのダメージも受けなかった。

 私も潤さんと同じで、好きだと言ってくれた人を受け入れて好きになった気でいるだけの、受け身の恋愛をしてきたのだとつくづく思う。


「しょうがないなぁ……。じゃあ明日の朝早くここを出て、一度家に戻ることにする」

「しょうがないの?」

「しょうがないの、私も潤さんが大好きだから。ホントは今夜も一緒にいたいと思ってる」


 潤さんの肩に寄りかかって胸に頬をすり寄せると、潤さんは嬉しそうに笑って私を抱きしめた。


「なんだ……そういう意味か……。俺があんまり好きだって言うからしょうがなく付き合ってくれてるのかと思ってヒヤッとした」

「ごめんなさい、潤さんがあまりにもかわいかったから、つい」


 私がそう言うと、潤さんは眉を寄せて首をかしげた。


「かわいい?俺が?」

「そう。甘える潤さんがかわいいなぁと思って」


 思ったことを正直に言ったのだけれど、潤さんは不満そうな顔をしてさらに首をかしげる。


「男に『かわいい』は禁句だな」

「誉め言葉ですよ?」

「全然誉め言葉じゃないし、むしろ嬉しくない。二度とかわいいなんて言えないようにしてやる」


 潤さんはソファーの上に私を押し倒し、唇や耳や首に何度もキスをしながら、脇腹を思いきりくすぐる。


「ひゃっ!!やめて!くすぐったい!」

「ダメ。俺にかわいいなんて言う悪い子にはお仕置きしないと」

「やだやだ、ダメだってば!」


 あまりのくすぐったさに笑い転げながら必死で身をよじって抵抗するものの、男の潤さんの力には到底敵わない。

 潤さんは尚も私をくすぐりながら、意地悪な笑みを浮かべた。


「やめて欲しい?」

「やめて、今すぐやめて!」

「さぁて……どうしようかな?ここなんかどう?」


 今度は両脇をくすぐられ、さらに笑い転げた。


「もうダメ、お願い潤さん!」

「もう言わない?」

「言わない!もう言わないから!」

「じゃあやめてあげる」


 ようやく解放された私は息を上げながら、ホッとしてソファーに体を横たえた。


「潤さんの意地悪……。もうきらい」

「えっ、きらい?」


 さっきまで意地悪な目をして私をいじめていたくせに、潤さんはいとも簡単にうろたえた。その顔がまたかわいくて愛しくて、私は笑いをこらえる。


「嘘……大好き」


 潤さんの首の後ろに腕を回して耳元で囁くと、潤さんはホッとした様子で私の頬に口付ける。


「かわいいのは志織だろ」

「私にそんなこと言うの、潤さんだけなんだけど」

「だったら安心だな。他のやつにはそんなかわいいとこ絶対に見せるなよ」


 案外ヤキモチ焼きなのか、それともただ私を買い被っているだけなのか?

 私はそんなに心配されるほどモテないのに。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る