Don't delay~準備はいいか~⑫
「じゃあ続きはまたあとで」
「えっ、またするの?」
「いや?志織がいやなら我慢する」
「……いやじゃない」
どうやら私が導いたはずが、いつの間にかすっかり潤さんのペースに乗せられ、体の隅々まで懐柔されてしまったらしい。
自分から相手を求めたのも、こんなに何度も求められるのも、恥ずかしいくらい乱れたのも、潤さんが初めてだ。今まで付き合ってきた人たちとは比べ物にならない……いや、忘れ去りそうなくらいに私は潤さんが好きで、求められると嬉しいし応えたいとも思う。
ベッドから下りる前に、もう一度潤さんに抱きついた。
「潤さん、大好き」
「俺も志織大好き」
二人で笑いながら抱きしめ合って、軽いキスを交わした。
今の私たちはきっと端から見たら、いい歳したバカみたいなカップルなんだろうなと思うと苦笑いがもれた。それでも誰に迷惑をかけているわけでなし、私たちが幸せなんだから、それでいいか。
二人で1階に下りてリビングのドアを開けると、私の鞄の中でスマホの着信音が鳴っていることに気付く。
「あっ、電話鳴ってる……」
ゆうべからずっと鞄の中にスマホを入れたままだった。もしかしたら何度も鳴っていたのかも知れないと思いながら、急いで鞄の中を探っているうちに着信音が途切れた。
ようやくスマホを取り出して着信履歴を見ると、昼頃から何度も母からの着信があったことがわかり、一瞬気が遠くなった。
ソファーに座り右手で額を押さえてため息をつくと、潤さんが隣に座って私の肩を抱き寄せる。
「どうした?」
「母からの着信がこんなに……」
着信履歴にズラッと並んだ母からの不在着信の表示を見た潤さんは驚いているようだ。
「すぐ電話した方がいいんじゃないか?よほど大事な用なのかも」
「うーん……おそらくしびれを切らしたのかと」
「何に?」
私は潤さんに、シーサイドガーデンに行ったときに潤さんと手を繋いで歩いているところを偶然母に見られたことと、後日電話で『付き合っている人がいるなら一度家に連れてきなさい』と言われ『今は仕事が忙しいから落ち着いたら』と言い訳してそのままになっていることを話した。
「ああ、なるほど。志織もお母さんから結婚を急かされてるって言ってたもんな」
「そうなんです。いい人がいないならお見合いしろとか……。母の方が焦ってるみたいで」
「ふーん……お見合いか。それは困るな」
潤さんは斜め上の方を見ながら少し考えるそぶりを見せたあと、私の額に軽くキスをした。
「もし志織と志織のご両親の都合さえ良ければ、明日挨拶に行こう」
「えっ、明日?」
ゆうべやっと想いが通じ合って結ばれたところなのに、いきなり明日両親に挨拶に行こうとは!
「いくらなんでも急すぎやしませんか?」
「そうかな?俺は最初からそのつもりだったから、早い方がいいかと思ったんだけど……いやか?」
潤さんを両親に紹介するのがいやなわけがない。むしろ最初は偽物の婚約者だった潤さんが、本物の婚約者になるのはとても嬉しい。
だけど長い間私のことを好きでいてくれた分、潤さんが私に幻想みたいなものを抱いていたとしたら、現実の私は思っていたよりつまらないとか、かわいげがないと幻滅するかも知れない。
「嬉しいけど……まだ付き合い始めたところなのに、本当にいいの?もしかしたら思ってたのと違うって、がっかりするかも……」
私がボソボソと歯切れの悪い口調でそう言うと、潤さんはおかしそうに笑い出した。
「たしかに思ってたのとは少し違ったかな」
「ほら、やっぱり……」
早くもがっかりポイントを見つけられてしまったのだとうなだれると、潤さんは笑いをこらえながら私の唇にキスをした。
「思ってたよりずっと甘いし、ものすごくかわいい」
「……潤さんこそ……激甘だし……すごくやらしい……」
「いや?」
「……全然いやじゃない……」
超絶いい人の潤さんも、私にだけは激甘な潤さんも、ベッドでは別人みたいに色っぽくなる潤さんも、愛しくてたまらない。そんな潤さんとこれから先もずっと一緒にいたいと思う。
潤さんは両手で私の頬を優しく包んで、私の目をまっすぐに見つめた。
「じゃあ改めて言うけど……志織、俺と結婚してくれる?」
「……はい。よろしくお願いします」
「ありがとう。一生大事にする。二人で幸せになろうな」
そう言って潤さんは私の唇にそっと唇を重ねた。そして唇を離すと、両腕で包み込むように私を抱きしめる。
「これで胸を張って『志織は俺の婚約者だ』って言える」
「嘘が本当になったわけですね」
「俺は最初から嘘をつくつもりはなかったよ。志織をあきらめるつもりもなかったし、なんと言っても家康だから」
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