Don't delay~準備はいいか~③
「お願いってなんですか?なんでも言ってください。ふざけたおわびに、私にできることならしますので」
「明日の朝、志織の作った味噌汁が飲みたい」
無茶なお願いじゃなくて良かった。味噌汁くらいお安いご用だ。
「いいですよ。じゃあ明日の朝飲めるように、作ってから帰ります。キッチンお借りしますね」
ソファーから立ち上がってキッチンに向かおうとすると、三島課長はソファーに座ったまま両腕を伸ばし、背後から私の腰の辺りを抱きしめた。
「そうじゃなくて……今夜は帰らないでここにいて欲しい」
酔いが醒めたとは言え、まだ体調が優れないから、さっきのタクシーの中にいたときみたいに甘えてるのかな?
「まだ気分悪いですか?それなら今夜はそばについている方が安心ですかね」
「いや、気分は悪くないけど……志織の作った味噌汁、毎朝飲みたい」
前もそんなことを言っていたけれど、私はここに住んでいるわけではないから、たまにならまだしも、味噌汁を作るために毎朝通うのは無理がある。
「えーっと……味噌汁のために毎朝通うのは、正直言って厳しいです。私の家、遠いので」
「だからそうじゃなくて……はぁ、やっぱりこんなんじゃ伝わらないか……」
三島課長はまた大きなため息をついた。
えっ、なんでそこでため息?
一体何が伝わらないって?!少なくとも毎朝飲みたいくらいのレベルで私の作った味噌汁が好きだと言うことは伝わったんだけど。
私が顔をしかめながら首をかしげていると、三島課長は私を抱きしめる腕を離し、手を引いて自分の隣に座らせた。
「やっぱり……話聞いてくれる?俺の好きな人のこと」
「え?ああ……はい……」
どうしても聞いて欲しい話と言うのは恋愛相談だったのだと思うと、複雑な気持ちになって胸の奥がザワザワする。しかし私にできることならなんでもお願いを聞くと言ったのだから仕方がない。
私は観念して、大人しく三島課長の話を聞くことにした。
「俺は母親のこともあって元々女性が少し苦手だったんだけど……志織も知っての通り、あの人に裏切られた一件から極端に女性が苦手になって……。でもあれから一人だけ、すごく好きになった人がいるんだ。優しくて思いやりがあって、真面目で頑張り屋で裏表がなくて……一緒にいるとそれだけで幸せな気持ちになれる」
三島課長は穏やかな表情で、とても幸せそうに好きな人のことを語る。
すぐとなりに三島課長のことを好きな私がいるのにな。そう思っても言葉にはできず、私はただ黙って三島課長の話に耳をかたむけた。
「二人きりになっても触られても全然いやじゃなくて、最初は毎日会社で会えるだけで幸せだったけど、 どんどん好きになって、もっと一緒にいられたらなとか、触れたいと思うようになった。でも好きだって言ってもしフラれたらと思うと、気まずくなったり避けられたりするのが怖くて、ずっと言えなかった。それが3年半くらい続いて……」
「えっ、3年半もですか?!」
ずっと好きだったとは聞いていたけど、相手をひそかに想っていた期間が、私が護と付き合っていた3年よりさらに長いことに驚いて、思わず声をあげてしまった。
「うん……だからさすがに黙って見ているだけって言うのに耐えられなくなって、人事異動で別の部署になったのを機に気持ちを伝えようとしたんだけど……俺が好きだって言う前に彼氏ができたって言われて、何も言えなかった。それでもあきらめられなくて、またずっとひそかに想ってるだけで3年経った」
「さらに3年……ということは合計6年半……?さすがに長すぎませんか?」
私がそう言うと、三島課長は苦笑いを浮かべた。
「彼氏と別れたって聞いたから今度こそと思ったんだけど、俺が気持ちを伝える前にまた、もう他に好きな人がいるって聞いて……やっぱり無理なのかなと思ったりもしたけど、それでもあきらめきれないし、絶対あきらめたくないんだ」
私の想像を遥かに超えている。そんなに深く三島課長に想われている人に、私の勝ち目なんか1ミリたりともないだろう。
フラれて気まずくなるのが怖いのは、私だって同じだ。やっぱり三島課長に気持ちを伝えるの、やめておこうかな。
すっかり弱気になってそんなことを考えていると、三島課長が突然私の手を握った。
何事かと驚いて三島課長の方を見ると、三島課長は苦笑いを浮かべたまま私の手を強く握る。
「まだ気付かない?」
「えっ?」
「俺はずっと……志織のことが好きなんだよ」
予想外のその言葉の意味が理解できなくて、我が耳を疑った。
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