Don't delay~準備はいいか~④

「……え……?私……?」

「そう……。俺がずっと片想いしてる相手は、志織なんだ。志織が幸せなら俺以外の誰かとでもいいって思ってたけど……やっぱり俺は自分の手で志織を幸せにしたい」


 頭の中が真っ白になって、何も考えられない。

 三島課長がずっと私を好きだったなんて思いもしなかった。いくらなんでも、私にとってそんな都合のいい話があるだろうか?

 だけど三島課長が嘘を言っているようには思えない。


「……それ、本当ですか?」

「うん……全部本当の話。前も言ったと思うけど、俺はできるだけ嘘はつきたくないから、志織には本当に思ったことしか言ってない。それに俺は『偽婚約者になってくれ』なんて一度も言ってないよ」


 そう言われて思い返してみると、三島課長は私に、『婚約者のふりをして』でも『偽婚約者になって』でもなく『俺の婚約者になって』と言っていた。

 あのときは変わった言い回しだと思っただけだったけど、本当に婚約者になってと言っていたということか!


「それで……なんとか俺の方を見て欲しくて、柄にもなく甘い言葉言ったりさりげなく触れたり、さっきは最後の手段でちょっと強引に迫ってみたりもしたんだけど……俺の方見てくれるどころか、全然気付いてももらえなかった」


 三島課長が私に言った言葉を思い出して、あれもこれも全部本心だったのかと思うと、照れくささや嬉しさが込み上げて、急激に鼓動が速くなる。

 全然自覚したことはなかったけど……あれで気付かないない私って、どこまで鈍いの?!


「志織には好きな人がいるってわかってるんだけど……その相手と付き合うとか、まだそういう段階じゃないなら、俺にチャンスをください。俺とのこと、真剣に考えてみて欲しいんだ」


『その相手と付き合うとか、まだそういう段階じゃないなら』と前置きする辺り、やっぱり三島課長は超絶いい人だ。ここは普通、『絶対に俺が幸せにするから、俺にしとけよ!』とか豪語するところじゃないの?

 これだけの熱烈な告白をしておきながら、三島課長も私の好きな人は三島課長だと気付いていないらしい。鈍いのはお互い様と言うことか。


「私……好きな人がいるんです」

「うん……知ってる」

「その人にはずっと想い続けてる人がいるってわかってたのに好きになってしまって、私には勝ち目なんてないって思ってたんですけど、やっぱり気持ちだけでも伝えようって思って……」


 私がそう言うと、三島課長は切なそうに目を細めた。

 私は少し笑って、三島課長のあたたかく大きな手をギュッと握り返す。


「好きです」

「……え?」

「私も……潤さんが好きです。大好きです」


 三島課長は心底驚いたという感じで、息をするのも忘れて目を大きく見開いている。


「潤さん……大丈夫ですか?」

「えっ?ああ……うん……。まさか志織が俺のこと好きだなんて思ってなかったからビックリして……」

「同じですね。私もビックリしました。でも……すごく嬉しいです……」


 私がそう言うと、三島課長……いや、潤さんは私を優しく抱きしめた。


「俺も嬉しい……。ありがとう、志織」

「こちらこそありがとうございます」


 潤さんの手が、私の髪をそっと撫でる。そしてその手は大切な宝物を扱うように、おずおずと私の頬に触れた。


「志織……好きだよ」


 潤さんは両手で私の頬を包み込んで、ゆっくりと顔を近付ける。

 私がドキドキしながら目を閉じると、潤さんはそっと唇を重ねた。軽く触れるだけの短いキスに、また胸の鼓動が激しくなる。

 一度離れた潤さんの唇が再び私の唇に優しく触れ、触れるだけの短いキスをくり返したあと、何度もついばむようなキスをする。

 人柄がにじみ出るような優しいキスに、体の奥が甘い疼きを覚えた。私はこのまま潤さんに身を委ねてもっと触れて欲しいような気持ちになる。

 潤さんの湿った舌が唇の隙間からそっと忍び込み、私の舌を柔らかく撫でた。


「んっ……」


 思わず小さな声をもらすと、潤さんは慌てて唇を離し、私の肩をつかんで体を遠ざける。

 どうして急にやめてしまうのだろうと不思議に思いながらまぶたを開くと、潤さんは私の肩をつかんだまま下を向いていた。


「……潤さん?」


 潤さんはおもむろに顔をあげる。

 キスの余韻でとろけてしまいそうになりながら見つめると、潤さんは大きなため息をついて私の肩に額を乗せた。


「これ以上はヤバイ……。理性が保てなくなる……」


 この期に及んで理性を保つ必要はあるのか……?

 お互い大人なのだから、ここは男女問わずキスのその先を期待するのが一般的なのでは?そう思うものの、私から続きを促すのもなんだか恥ずかしい。

 しかし潤さんが何を考えているのかが、どうしても気になってしまう。


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