Don't delay~準備はいいか~②
「そのまま寝てしまって風邪引くといけないので、これ使ってくださいね。それじゃあ僕は帰りますけど……」
「もししばらく経っても潤さんが起きなかったら、そのまま寝かせて帰っても大丈夫かな?」
そんなこと自分で考えればいいのに、ぼんやりした頭がうまく働かない。どうやらどんどん酔いが回ってきているらしい。
「そのままだと鍵もかけられないし不用心ですね。無理やり起こしちゃえばいいんじゃないですか?」
「こんなに酔ってるのに、そう簡単に起きるかな?」
少しもたついた口調で尋ねると、瀧内くんはニヤッと笑って私の耳元に口を近付け、小声でこう言った。
「『起きないとキスしちゃうぞ』って耳元で言ってやれば、すぐに飛び起きますよ」
ソファーに座って毛布にくるまったまま瀧内くんを見送ったあと、私は三島課長の寝顔を眺めているうちに眠ってしまったらしい。
今は一体何時なのだろうと壁掛け時計を見上げると、時刻はまもなく12時半になろうとしているところだった。
私の膝の上では相変わらず三島課長が寝息をたてている。顔色もずいぶん良くなり、その寝顔は安心しきっているように見えた。この分だと私がついていなくてももう大丈夫そうだ。
気持ち良さそうに眠っているから起こすのはかわいそうな気もするけれど、この立派な家を一晩中施錠もせずに放置するのはいただけない。
私は仕方なく三島課長の体をそっと揺する。
「三島課長……」
控えめに声をかけてみたけれど、起きる気配はまったくない。
「三島課長、起きてください」
もう少し強めに揺すっても、やはり起きそうにない。あれだけ酔っていたんだから無理もないか。
そう言う私もまだ頭がぼんやりして、喉が渇いている。
私は膝の上から三島課長の頭をソファーの上にそっと乗せ、グラスを持って立ちあがる。そしてまだ少しふらつく足取りでキッチンに向かい、グラスに注いだ水を飲み干して、濡れた口元を指先で拭った。
さて、どうしたものか。どうにかしてもう一度起こしてみようかと考えたとき、瀧内くんが帰り際に言っていたことを思い出した。
あんなにぐっすり眠っていても、本当に起きるのかな……?
普段の私なら絶対にそんなことはしないだろうけど、酔いも手伝って好奇心が抑えきれず、リビングに戻って三島課長のそばに座り込んだ。
三島課長は相変わらず気持ち良さそうに眠っている。
「三島課長、起きてください」
もう一度普通に起こしてみたけれどまったく起きる気配がないので、三島課長の耳元にゆっくりと口を近付けた。
「起きないと、キスしちゃいますよ」
耳元で囁いてみたけれど、三島課長は飛び起きたりはしなかった。
瀧内くんめ、嘘をついたな。
「ふふ……起きるわけないか」
自分のしたことに少し照れながら独り言を呟き、三島課長の腕に添えていた手を離して立ち上がろうとすると、眠っているはずの三島課長が私の腕をつかんだ。
「……いいよ」
「え?」
驚いて振り返ると、三島課長が私の腕をつかんだまま、閉じていたまぶたを開いて私の目をじっと見た。
「しないの?……キス」
「えっ?!いや、あれは冗談というか……」
慌てて目をそらし顔をそむけた瞬間、三島課長は起き上がって強い力で私を引き寄せた。その拍子にソファーの上に押し倒されたような体勢になってしまい、突然のできごとに混乱して私の鼓動が激しく高鳴る。
「あっ、まだ酔ってるんですね?そうですよねっ?!」
笑ってなんとか気をそらそうとしたけれど、三島課長の表情は真剣そのものだ。
「酔いはもう醒めた」
今の言葉で、私の酔いもすっかり醒めてしまった。
酔った勢いじゃないならどうして?もしかして言い寄ってくる肉食系の女性が苦手だと知っているのに、「キスしちゃいますよ」なんてふざけて言ったから怒ってる?!
「志織がしないなら、俺がする」
「ええっ?!」
三島課長は私の頬を両手で包み込み、ゆっくりと顔を近付ける。
酔っているとは言え、他に好きな人がいるのに雰囲気に流されてそんなことをするなんて!
私は思いきり腕を伸ばし、三島課長のあごの辺りを押して必死で遠ざけた。
「ちょっ、ちょっと待ってください!ふざけたのは謝ります!だけど他に好きな人がいるのにそんなことされたら、さすがの私も傷つきます!」
私がそう言うと、三島課長は私の肩に額を乗せてため息をついた。
「……うん、それもそうか。じゃあちょっとお願いがあるんだけど」
なんとか思いとどまってくれたことにホッとして、偽婚約者の最後の役目を果たすつもりでうなずく。
三島課長は私の背に手を回し、抱きかかえるようにして優しく起こしてくれた。
こんなことをされるとまたドキドキしてしまう。それをごまかそうと、私は精一杯の作り笑いを浮かべた。
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