Don't delay~準備はいいか~①
私と瀧内くんは三島課長を支えながらタクシーに乗せ、一緒に三島課長の家に向かった。
タクシーの中でも三島課長は、私の手を握ったまま私に体の重みを預ける。瀧内くんはそんな三島課長を横目で見ながら少し嬉しそうに微笑んだ。
「あーあ……酔ってるのをいいことに甘えちゃって……」
「みんなの前ではいつも頑張っていい上司してるんだから、たまには甘えてもいいんじゃない?それにほら……今日は本当に思いきったんだと思うから」
「まぁ……志織さんがいいならいいんですけどね。潤さん、本当に頑張ったと思うので。僕がとどめをさす前に、潤さんが自分で動いてくれて良かったです」
「とどめって……瀧内くん、何を言うつもりだったの……」
おそるおそる私が尋ねると、瀧内くんはニヤリと笑う。
「あの人、前にいた部署では課長だったそうですね。そこで勤めてる同期の友達から聞いたんですけど、離婚の原因はあの人の度重なる浮気らしいです。離婚後は社内の歳下のイケメン男性に、かなり手広く粉かけて回ってたみたいですよ」
「えーっ……節操なさすぎ……」
「中には役職を利用して彼女に嫌がらせされてかなりもめた人もいるらしくて、それが原因で異動になったんじゃないかって言ってました。これって立派なセクハラとかパワハラですよね?もし訴えられたら、あの人どうなるのかな……」
瀧内くんはそう言って、冷たい笑みを浮かべた。
三島課長の啖呵と私のダメ押しだけでも下坂課長補佐にとってはかなりのダメージだっただろうに、もし瀧内くんがとどめをさしていたらどうなっていたのかと思うと身震いがする。
「うん……そっか……。とりあえずこれで三島課長のことはあきらめてくれるといいね」
「プライドの高い人ですし、あれだけ大勢の前で恥かかされたら、これ以上恥の上塗りするようなことはしないでしょう。週明けには会社中で噂になるでしょうからね」
それを聞いて自分自身もその渦中にいることに気付き、私はタクシーの天井を仰いで、空いている方の手で顔を覆った。
「その噂話の中には私も三島課長もいるんだよね……」
「たしかにそうですね。ここは潔くあきらめてください」
それはあきらめて噂の的になれということか?
本物の婚約者ならまだしも、私たちは偽婚約者だというのに。
「他人事だと思って……」
私がため息をつきながら呟くと、瀧内くんは楽しそうに笑った。
「だったら潤さんに責任取ってもらうしかなさそうですね」
「えっ?責任って……」
どうやって責任を取るのか尋ねようとすると、タクシーが三島課長の家の前に停車した。
瀧内くんはしばらく待っていてくれるように運転手に頼んでから、三島課長の体を揺する。
「潤さん、着きましたよ。歩けますか?」
「ああ……うん……」
二人で三島課長の体を支えながら家の中に入った。この家に来るのはずいぶん久しぶりのような気がする。
リビングのソファーに三島課長を横にならせたあと、瀧内くんはキッチンで二つのグラスに水を注いで戻ってきて、ひとつを私に差し出した。
「志織さんもかなりお酒飲んでたでしょう。ちゃんとお水飲んでくださいね。ほら、潤さんも水飲んで」
瀧内くんが三島課長を起こして水を飲ませるのを眺めながら、私も水を飲んだ。冷たい水が喉を通りすぎ、お酒のせいで熱を帯びた体に染み込んでいくようだ。
三島課長が水を飲み終わり、またソファーに横になったのを見届けたあと、空になったグラスをテーブルに置いた途端、急に体の力が抜けて足元がふらつき、ドサリとソファーの端に倒れ込む。
「あれ……?体が急に……」
さっきまでなんともなかったはずなのに頭も少しボーッとして、頭の中も体の感覚も、とにかくすべてがフワフワしているような気がする。なんだかまぶたまで重くなってきた。
「ああ……ホッとして気が抜けたら急に酔いが回ってきたんですね。いくら志織さんでも、あれだけ飲んだら無理もないです」
「ほほぅ……これが酔っぱらうってことか……」
たしかに今日は強いお酒を早いペースでかなりたくさん飲んだ。お酒を飲んでこんなことになるのは初めてだ。
これが『酔っぱらう』という感覚なのかと思うと、なんだか少しおかしくなって、笑いが込み上げてくる。
「外にタクシー待たせてますけど……潤さんも起きそうにないし、一緒に帰りますか?家まで送りますよ」
「うーん……ちょっとしばらく動けそうにないし、潤さんの様子も気になるから、もう少しここにいる。落ち着いたらタクシー呼んで帰るから大丈夫だよ」
私がそう言うと、瀧内くんはリビングを出て、毛布を二枚持って戻ってきた。
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