覚悟を決めろ!⑪
「そういうわけだから……仕事は仕方ないから割り切って一緒にするしかないけど、これからはむやみやたらとくっついたり触ったりしないで。好きでもない女性にベタベタ触られるのは吐き気がするほど不愉快だ。それから彼女に嘘をついて俺たちの仲を引き裂こうとするのはやめてくれ。俺はもうあなたのことなんか絶対好きにはならないし、これ以上彼女に余計な心配はかけたくない」
いつもニコニコ笑って優しい口調で話す三島課長が、こんなにハッキリと語気を強めて拒絶する言葉を、私は今まで聞いたことがない。多少はお酒の力も借りているのだろうけど、三島課長は相当我慢を強いられて限界に来ていたのだと思う。
私が守るつもりが、逆に三島課長に守られてしまった。だけど一言くらい言ってやらないと気が済まない。
私はしっかりと抱きしめられたまま、三島課長の顔を見上げた。
「潤さん……そんな言い方したらかわいそうよ?下坂課長補佐がね、『私はバツイチだし年齢的にも適当な恋愛をする余裕がない』って言ってたから、優しい潤さんなら昔のことなんか水に流してくれるだろうって、恥を忍んですがり付くしかなかったんだと思うの。『潤さんとよりを戻して結婚する』なんて、見え見えの嘘つかれても私は全然気にしてないから、あんまり怒らないで許してあげて。ね?」
少し甘えた声でそう言うと、下坂課長補佐は悔しそうに唇を噛んだ。
「なんのことかしら……。私はただちょっと佐野さんをからかっただけよ。勘違いしないでちょうだい」
みんなの前で恥をかかされた下坂課長補佐は荷物を持って立ち上がり、みんなからの視線を背に浴びながらそそくさと店を出ていった。
「負け犬の遠吠えだな」
「いや、あれは犬ちゃうで。狐やろ?」
伊藤くんと葉月はそんなことを言いながら、おかしそうに笑ってハイタッチしている。
三島課長は私を抱きしめる手をゆるめたかと思うと、そのまま私の体にもたれかかった。
「三島課長?!」
「ごめん……もう限界……。気合いでなんとか頑張ったけど……ホッとしたらまた酔いが回ってきた……」
「えぇっ?!」
有田課長は私についてくるように言うと、三島課長の体を支えて座敷に連れて行き横にならせた。そして私にそこに座るように促し、私の膝の上に三島課長の頭をそっと乗せる。
「三島課長、具合悪いのによく頑張ったなぁ。俺、佐野主任には絶対に手は出さない。佐野主任が俺の下にいるうちは悪い虫がつかないように見張っててやるから、安心していいよ」
「約束ですよ……」
さっきの三島課長の言葉は下坂課長補佐を撃退するための嘘だと言うのに、有田課長はすっかり信じ込んでいるらしい。おまけにここにいたみんなが、私を抱きしめながら啖呵を切る三島課長を見ていたのだ。
これはどうしたものか。有田課長一人だけならともかく、社内の人たち全員に『あれはお芝居です、嘘なんですよ』などと言って回るわけにもいかない。三島課長のためにも、社内での噂が消えるまで待つか、自ら『本当は付き合っていない』と噂を流すしかなさそうだ。
しかしそれはまた追々考えるとして、とりあえず今は三島課長を休ませてあげることが先決だろう。
どうしようかと思いながら顔を上げたとき、瀧内くんが誰かに電話をかけているのが見えた。瀧内くんは短いやり取りをして電話を切ると、私たちのそばにやって来る。
「タクシー呼びました。10分ほどで到着するそうです。伊藤先輩は木村先輩を送って行くんですけど、佐野主任は僕と一緒に三島課長に付き添ってもらえますよね?」
「うん、そのつもり」
私一人では大人の男性の三島課長を送ることは無理そうだけど、瀧内くんが一緒なら安心だ。
この分だとまともに話すことはできなさそうだから、少し落ち着くまで様子を見たら、タクシーでも呼んで帰ることにしよう。
三島課長は私の膝枕で軽い寝息をたてている。どうやら疲れも限界を超えて眠ってしまったらしい。
「眠っちゃったみたい」
私が三島課長の髪をそっと撫でながらそう言うと、瀧内くんは小さく笑って三島課長の耳元に顔を近付けた。
「潤さんもやるときはやるんですね」
瀧内くんがそう言うと、眠っているはずの三島課長がうっすらと眉間にシワを寄せて寝返りをうち、瀧内くんに背を向ける。
「あっ……」
三島課長……もしかして起きてる?
私が思わず声をあげると、瀧内くんは笑いを堪えながらひとさし指を唇にあてて見せた。さっきのことが照れくさくて寝たふりをしているのかな?
「お疲れ様、潤さん。カッコ良かったですよ」
私が耳元でそう言うと、三島課長は何も言わなかったけれど、目を閉じたまま耳まで赤くした。
こういう照れ屋なところも愛しく思えて、胸の奥がキュッと甘い音をたてた。
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