Sweet Lovers(偽)⑪
そういえば昨日、三島課長は中村さんのことを古い付き合いだと言っていた。高校時代からのノリで、そのまま大人になったという感じだろうか。
それから中村さんの奥さんがひとつ下の後輩で、チームリーダーの渡辺さんは三島課長たちのひとつ上の代のキャプテンなんだそうだ。
渡辺さんが三島課長たちに、バレーボールサークルを作らないかと声をかけ、友人を誘ったりタウン誌でメンバーを募集したりして、少しずつメンバーが増えて今のチームになったらしい。
日頃の練習の成果を発揮するべく、チームが所属している地域のスポーツ振興事業団体が年に2度ほど開催するバレーボール大会に出場するのだとも言っていた。
ちなみに女子チームのエースはモナちゃんで、里美さんは次の大会までに私を鍛え上げ、モナちゃんと私のツートップで優勝を狙うと意気込んだ。
女子チームはメンバーが少ない上に、半数は小さな子どもがいるママさんで、試合の日に限って子どもが体調を崩すことも珍しくなく、試合に出られるメンバーが足りなくて棄権したこともあるらしい。
かく言う里美さんは独身で子どもはいないから、そういった心配は皆無なのだと、半ば自虐的に笑った。
今時32歳で独身なんて珍しくもないけれど、里美さんはそのことを少しばかり気にしているようにも思えた。
「期待に添えるよう頑張ります……」
無難な返しをすると、ずっとうつむき加減だったモナちゃんが顔を上げた。
「私、エースの座は絶対に誰にも渡しませんからね」
その言葉は単なる負けず嫌いから出た言葉ではなく、私には『あなたには絶対に負けない』と言っているように聞こえた。
モナちゃんは本当は、『潤さんは絶対に誰にも渡さない』と言いたかったのかも知れない。
ファミレスに着くと、日曜日の少し遅めの昼時ということもあり、大人数の私たちは少しの間ウェイティング席でテーブルが空くのを待った。そこでも私はなんとか潤さんの隣を確保した。
モナちゃんは恨めしそうな顔をして、窓の外を眺めている。
今後のことを考えると、モナちゃんと少しでも仲良くなっておきたいけれど、私が無神経に話し掛けることでモナちゃんを傷付けたりはしないだろうかと考える。
高いシューズやジャージも買ってしまったし、私自身が今後もこのチームでバレーを楽しみたいから、できれば一度や二度の練習に参加しただけで辞めるなんて言うことはしたくない。
少しも傷付けないようにと言うのは難しいかも知れないけれど、モナちゃんにはなんとか三島課長をあきらめてもらって、丸くおさめるうまい方法はないものだろうか。
そんなことを考えていると、三島課長が私にメニューを差し出した。周りのみんなも談笑しながら、ウェイティング席に備えられたメニューを眺めている。
「待ってるうちに、何を注文するか決めておこう。志織は何が食べたい?」
「えーっと……何がいいかな……。練習の後だから、軽めのものがいいかも」
「だよな。でもあいつらは練習の前でも後でも、ステーキとかハンバーグとか、いつでもガッツリ食うんだ」
三島課長は隣でステーキのページを食い入るように見ている瀧内くんと伊藤くんを横目で見る。
「潤さんと違って僕はまだ若いからね。体を動かすとお腹が空くんだよ」
「俺も!朝からステーキでも余裕で食える」
やはり瀧内くんと伊藤くんは、いつでも食欲が旺盛なようだ。
「俺は朝からステーキは勘弁して欲しいな……。朝は志織の作った味噌汁が飲みたい」
「ええっ……」
こんな状況で、不意打ちの甘いセリフは心臓に悪い。モナちゃんは三島課長の言葉をどんな気持ちで聞いているんだろう?
「そういうのは二人でやれよ。佐野だけじゃなくて葉月まで固まってるじゃん」
「……悪いな、つい本音が……」
いやいや、本音じゃなくて演技でしょ?こんな演技ができるなんて、三島課長も相当の曲者だ。
「だけど私、朝はパン派」
「そうか。でも俺はパンでもごはんでも、志織が好きな方でいいよ」
「……休みの日なら、味噌汁くらいは……」
これは演技だと何度も自分に言い聞かせつつも、なぜか私は三島課長との結婚後の穏やかな日常生活を思い浮かべて赤面してしまう。
本気を出した三島課長、恐るべし……!
この演技力を活かして、どこぞの劇団にでも入ればいいんじゃなかろうか。
「大変お待たせいたしました。お待ちの14名様、お席へご案内いたします」
にこやかに現れた店員にボックスシートに案内され、私が三島課長の隣に座ると、モナちゃんと里美さんがその向かいの席に着いた。
同じテーブルに着いた伊藤くんと葉月は思わず顔を見合わせる。瀧内くんに関しては、至っていつも通りの仏頂面だ。
店を出るまで何事もなければいいけど。
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