Sweet Lovers(偽)⑩
練習と体育館の掃除を終えて帰り支度をしていると、三島課長がそばに来て私の肩を叩いた。
「お疲れ。初日からずいぶんとばしてたけど、体は大丈夫か?」
「お疲れ様です。今のところはなんとか……」
日頃まったく運動していないのにいきなり張り切りすぎたせいで、すでに太ももとか腕の辺りの筋肉が張ってきている。明日は筋肉痛でキーボードを打つのがつらいかも知れない。
「今夜はゆっくりお風呂に浸かって疲れを取って、しっかりストレッチしてから寝るといいよ」
「そうします」
私と三島課長がいつも通りに会話していると、その間に突然瀧内くんが割り込んできて、私と三島課長の腕をガシッとつかんで引き寄せた。瀧内くんは私と三島課長の耳元に口を寄せる。
他のみんなに聞かれてはまずいことでもあるのかな?
「……その話し方、もうちょっとなんとかなりませんか?特に志織さん」
「えっ?私、何かおかしい?」
「会社での会話ならともかく、普段も敬語で話すなんて他人行儀というか、恋人同士なのによそよそしすぎるでしょう」
「そんなこと言われても……」
呼び方を変えるだけでなく、話し方まで変えなくてはいけないの?もう何年もこの話し方が普通だったから、いまさら突然変えるのは難しい。
「二人とも大人だから、何もバカップルみたいに人前でイチャイチャしろと言うわけじゃないんです。でも今よりもう少しくだけた話し方になりませんか?バレたら面倒なので気をつけてください」
瀧内くんはそれだけ言うと、私と三島課長の腕から手を離し、伊藤くんと葉月を手招きした。
「お腹空きました。早く昼御飯食べに行きましょう」
「おー、行こう行こう。俺も腹へった。みんなは?」
伊藤くんが周りにいた他のメンバーに声をかけた。
「練習の後、よくみんなで近くのファミレスに飯食いに行くんだ」
「そうなんですね」
三島課長の言葉に私がいつも通り返事をすると、瀧内くんがチラッと私の方を見た。
……はいはい、話し方をなんとかしろってことね……。
頭の中で三島課長ではなく『婚約者の潤さん』と話すシミュレーションをしてみたものの、モナちゃんの前でうまくやれるかまた不安がよぎった。
そのあと、都合の良いメンバーと一緒に食事に行くことになった。自転車やバイクで来ている人はそのまま自前の足で店に行き、バスや電車、徒歩で来ている人は車で来ている人の車に乗せてもらって店に向かう。
三島課長の車は8人乗りなので、私と瀧内くん、伊藤くんと葉月が乗せてもらっても、まだ3人分の余裕がある。
「誰かこっちの車に乗る人いる?」
三島課長が声をかけると、予想通りモナちゃんが手を挙げた。
「はいっ!お願いしますっ!」
その積極的な姿勢に葉月は驚いて目を見開き、伊藤くんは想定内だと言いたげに苦笑いした。
瀧内くんは心底めんどくさそうな顔をしている。
「三島くん、私もいいかな?」
モナちゃんのことがよほど心配なのか、里美さんも小さく手を挙げる。
「うん、じゃあみんな乗って」
モナちゃんがパタパタと小走りでこちらに向かって来るのを見ながら、私はどこに乗ればいいのかと少し迷ってキョロキョロしていると、瀧内くんが眉間にシワを寄せ、私に向かって助手席を指さした。
……まぁ、普通に考えるとそうなるよね。
三島課長も私がしり込みしているのを察したのか、私の右手の手首をつかみ、耳元に口を近付けた。
「遠慮なんかしないで、志織は車でも店でも俺の隣にいて」
三島課長って、こんな甘い声で話せるんだ……!
耳元で優しく囁かれ、その声の甘さにカーッと血が昇り、頬が熱くなる。
「わかった?」
「う……うん……」
婚約者を演じているだけだとわかっているのに、私は昨日のデートよりもドキドキする胸を抑えながら、三島課長の車の助手席に乗り込んだ。
後部座席には伊藤くんと葉月、真ん中のシートには里美さんを間にはさんで、瀧内くんとモナちゃんが座る。どうやら真ん中のシートの助手席側が瀧内くんの定位置らしい。
店に向かって車が動き出すと、相当気を使っているのか、里美さんが明るい声で私に話しかけた。
「さっき聞き忘れたけど、志織ちゃんはいくつ?」
「29歳です。伊藤くんと彼女の葉月とは同期入社で……」
「じゃあ私より3つ下かな。私と三島くんと中村くんは高校の同級生なの。三島くんが男子バレー部のキャプテンで、中村くんが副キャプテン。私は女子バレー部のキャプテンだったんだ」
「へぇ……。学生時代からの付き合いなんですね」
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