Sweet Lovers(偽)⑫
それから店員を呼び、私はシーフードドリアのサラダセットを注文した。
瀧内くんがモナちゃんに何か挑発的なことを言い出すのではないかと内心ビクビクしていたけれど、そんな私の心配は杞憂のうちに食事を終えた。
ホッとしながらドリンクバーで食後のコーヒーを淹れて席に戻ると、アイスティーを飲んでいたモナちゃんが私と三島課長を上目使いで交互に見る。
「潤さんは志織さんと付き合ってるんですか?」
ホッとしたのもつかの間、モナちゃんの言葉にうろたえた私は、淹れたばかりのコーヒーをうっかりこぼしそうになった。
練習に遅れて参加したモナちゃんは、私が三島課長の婚約者だと紹介されたことを知らないようだ。みんなモナちゃんには言いづらかったのだと思う。
モナちゃんは三島課長に尋ねたのだから、私は何も言わず黙っておくべきだろうか。
三島課長もモナちゃんからの単刀直入な質問にはさすがに驚いたようだけど、取り乱すことなく落ち着いた様子でうなずいた。
「そうだよ。彼女とはいずれ結婚するつもりで付き合ってる」
三島課長がそう答えると、モナちゃんは今にも泣き出しそうな顔をした。
私はいたたまれない気持ちで目をそらす。
「前の飲み会のときは、彼女いないって言ってませんでした?お父さんから結婚を急かされて、お見合いを勧められたりして困ってるって」
「言ったよ。でも付き合い始めたのはそのあとだから」
「私、本気で潤さんのお嫁さんになりたいんです。そのためならなんでもします。こんなに好きなのに、歳が離れてるからダメなんて納得できません。どうしたら志織さんより私のことを好きになってもらえますか?」
……これは婚約者の私に対する宣戦布告?普通は婚約者の目の前で、こんなこと言わないよね?
実際には付き合ってもいないのだけど、なんとなく胸の奥がモヤッとした。それが顔に出てしまったのか、里美さんが慌ててモナちゃんをなだめる。
「モナちゃん、ちょっと落ち着いて」
「だって……潤さんに似合うように大人っぽくしようってどんなに頑張っても、歳だけはどうにもならないじゃないですか……」
私はただ歳が近いからというだけの理由で、三島課長の婚約者になれたのだと言われているようだ。いや、『私だって潤さんとの年齢差さえなければ、あなたになんか負けないのに』と言いたいのではないか。
『潤さんが好きだから結婚したいと言ったのは、彼女より私の方が先だったのに!』
そんな風に聞こえなくもない。
それは護に浮気されて『3年も付き合ってきて結婚も考えていたのに、まさか裏切られるなんて!』と嘆いていた私自身の言葉と、なんとなく似ているような気がした。
この歳になって初めて、恋愛においては順番なんか意味のないことなのだと気付く。
「モナちゃん……。俺は歳だけで彼女を選んだわけじゃないし、もしモナちゃんが彼女と同じ歳だったとしても、俺はやっぱり彼女を選ぶよ」
三島課長が諭すようにそう言うと、モナちゃんはがっくりと肩を落とした。
大勢の目の前で、結婚したいほど好きな人に失恋してしまったことは気の毒だけど、中途半端に期待を持たせるようなことを言われるよりはいいのかも知れない。
そのあと、歩いて駅に向かうモナちゃんと里美さんとは店を出たところで別れた。
失恋したモナちゃんが気落ちしてこのままサークルをやめてしまったりはしないかと心配になって振り返ると、モナちゃんと同じ歳くらいの男の子がモナちゃんに駆け寄るのが見えた。たしか大学生の
伸幸くんは里美さんと一緒に声をかけながら、モナちゃんの肩を叩いたり頭を撫でたりして慰めているようだ。人を気使うところとか、面倒見の良さそうな雰囲気が、どことなく三島課長と似ているような気もする。
「伸幸はモナちゃんとは幼なじみで同級生なんだ。あいつは本当にいいやつなんだけど、めちゃくちゃ奥手で……。いつかは気持ちが伝わるといいんだけどな」
あぁ……なるほど、そういうことか。
モナちゃんが失恋の痛手から立ち直る日も、そう遠くはないのかも知れない。
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